分かりやすいものは、
判断を早める。
だが、
その早さは、
必ずしも正確さと一致しない。
理由は単純だ。
分かりやすさは、
理解を助けるために、
情報を削っている。
削られた部分には、
前提や、経緯や、
扱いにくい要素が含まれている。
それらが見えなくなることで、
人は「分かった」と感じる。
だが、
分かったという感覚と、
見えているという状態は違う。
分かりやすい説明ほど、
判断に必要な摩擦を消してしまう。
考える前に、
納得してしまう。
疑う前に、
整理されてしまう。
その結果、
判断は早くなるが、
深くならない。
本当に重要な場面ほど、
分かりにくい。
答えが一つに定まらず、
説明が長くなり、
結論が保留される。
そうした状態に耐えられない時、
人は分かりやすさを選ぶ。
だがそれは、
理解を選んでいるのではない。
安心を選んでいる。
分かりやすい言葉。
分かりやすい構図。
分かりやすい正しさ。
それらは、
判断を助けるように見えて、
実は、判断の幅を狭めている。
もし、
何かがすぐに分かった気がしたなら、
一度立ち止まるといい。
その分かりやすさは、
何を削った結果なのか。
そこを考えられた時、
判断は、
少しだけ遅くなり、
その分、確かになる。
分かりやすさは、
便利だ。
だが、
便利なものほど、
慎重に扱う必要がある。