あなたの体は9割が細菌【再】
今日の一冊:「あなたの体は9割が細菌」ヒトが保有する遺伝子の数がまだ判明していない時代。研究者たちは数を予想していました。それまでにすでに判明していたマウスの遺伝子は23,000個。小麦の遺伝子は26,000個。線虫の遺伝子は20,500個。ヒトという複雑な生命活動をおこなう生物には、それをはるかにしのぐ数の遺伝子があって当然。染色体を解読する作業をしていたチームは(つまり地球上でもっともこのテーマに詳しい人たちは)平均して55,000個だと予想、中でも多く見積もった人の予想は150,000個でした。2003年にヒトゲノムの解読が完了し、ヒトの遺伝子は21,000個だと判明しました。21,000個??マウスより、いやいや小麦より少ないやん。マウスや小麦やミジンコは話すことさえできないのに?地球上のどの生物よりも複雑で高度な身体をもつヒトにはより多くのたんぱく質が必要で、そのたんぱく質をつくる遺伝子の数も必然的に多くなるんじゃないの?どうやらそうではないみたい。そのカギは、体内にすむ微生物です。実は、わたしたちの体のうち「ヒト」の部分は10%しかないんです。残りの90%は微生物でできています。腸管と呼ばれる内臓の中にいる微生物だけでも、その数なんと100兆個。およそ4000種類の微生物がそれぞれの小さなコロニーを作って生活しています。100兆個の共生微生物はおもに、たった1つの細胞でできている細菌です。細菌のほかにも、ウィルス、菌類、古細菌などさまざまな種類の微生物がいます。ヒトの体にすむこれらの微生物を合わせると、遺伝子の総数は440万個にもなります。つまり人体は共存・共栄しながらシステムを維持している、異なる生物種の「集合体」。ヒト遺伝子(2万個)と微生物の遺伝子(440万個)が協力してはたらいているからこそ、わたしたち人間の複雑な生命活動は維持されているのです。この共生微生物たちがつくる生態系が崩れると、人体にさまざまな影響を起こします。まるで地球上のあちこちで、森林破壊が起こったり絶滅危惧種が増えたりして生物の多様性が失われている様子と同じです。赤ちゃんは生まれてくるときに産道を通りながら、母親から微生物セットを受け取ります。生まれたあとも、母乳を飲みながら、その微生物集団とともに成長します。ところが現代、帝王切開手術によって産道を通らずに生まれてくる赤ちゃんが増え、母乳ではなく粉ミルクで育ち、母親から微生物を受け継ぐことができなかったり、せっかく育った微生物集団を消滅させてしまったりすることが増えています。肥満や過敏性大腸症候群、アレルギー、自己免疫疾患、自閉症など、20世紀後半から先進国で急増している病気は、微生物の生態系が変わってしまったことで増加している可能性があります。たとえば肥満は、食生活の変化によって急増していることに間違いは無さそうです。肥満人口が増えている国では、食事から脂肪や糖を減らし、カロリー制限をすることが推奨されています。日本でも糖質制限ダイエットが流行し、炭水化物が悪者になっていたりします。脂肪と糖のとりすぎは体に「いかにも悪そう」ではあるし、世界の多くの国で、脂肪と糖の摂取量の増加と肥満の増加は比例しているように見えます。しかし統計によると、国全体で脂肪や糖の摂取量が減っているにもかかわらず肥満が増加しているという現象がみられるのも事実です。カロリー摂取の増加も同じく、体重増加と反比例しているケースがみられます。脂肪・糖・カロリーをとりすぎると、体に良くないことは明らかです。しかし肥満の原因としては、それだけでは納得できる説明がつきません。もし原因が他にあるとすれば、摂取が増えたものばかりに注目するのではなく逆に摂取が減ってしまったものを見てみることが大事でしょう。そこで登場するのが「食物繊維」です。食生活全般において、脂肪と糖をふくむ食品の摂取比率が高まれば、食物繊維をふくむ食品の摂取比率が下がることが分かっています。脂肪や糖が多い食品をたくさん食べること自体は、良くも悪くもありません。わたしたちが脂肪や糖をおいしいと感じる感覚は、体に備わった大切な機能です。それが体にとって栄養になるというサインです。反対に、わたしたちは食物繊維を食べても、おいしいとは感じません。食物繊維は栄養になるどころか、わたしたちの体では消化できないのです。オレンジを食べるとき、皮をむいて薄皮を取り除いて、それでも繊維が口に残ります。それに比べて、オレンジの果汁だけを絞ったジュースはなんと飲みやすくておいしいのか。口ざわりを良くしておいしくするため、食品会社は食物繊維を取り除きます。そのほうがたくさん売れるからです。そのように食物繊維が取り除かれた加工食品が人気となり、結果として濃縮された脂肪や糖のかたまりを食べるようになってしまったのです。食物繊維はわたしたちの体にとって栄養にはなりませんがわたしたちと共生している微生物たちにとっては、大切なエネルギー源なのです。腸内にすむ微生物は、食物繊維を分解します。そのときに出す物質を「短鎖脂肪酸」といいます。これはわたしたちの体にとってとても良い物質です。たとえば●免疫細胞を活性化する●脂肪細胞を健全に動かす●満腹感(レプチン)を放出する●腸壁を頑丈に整えるといった、わたしたちの健康の維持に欠かせないはたらきをしてくれます。食物繊維が少ない食生活を続けているとどうなるか?食物繊維を分解する微生物集団はエサにありつけず、どんどん減少します。そして濃縮された脂肪や糖ばかりを食べる、偏った食生活を続けていると「脂肪好き」「糖好き」の微生物が繁栄します。その結果、たまに食物繊維を食べても、分解できる微生物がいないので、そのまま体を通り抜けて排出されます。そしてドーナツ(脂肪&糖)を食べると、大繁殖している微生物集団によってかたっぱしから分解され、余すことなく吸収されてしまいます。食品のパッケージに書かれているカロリーを見て、低カロリーのデザートを選んでも実際に体に吸収されるカロリーは、人によって異なるのです。数値を見ながら細かい計算をして、カロリー制限の食生活をしていてもその人の体内にどんな微生物集団がはたらいているかによって変わるのです。また糖質制限ダイエットは、炭水化物の摂取を減らすことで健康になるという説に基づいていますが、炭水化物といっても色々とあるので、ひとくくりにしてしまうのは危険です。たとえばケーキは60%が炭水化物ですが、ブロッコリーは70%が炭水化物です。違うのは、それがヒト細胞によって小腸で吸収される(ケーキ)か、微生物のもとまで運ばれて短鎖脂肪酸に変換されたあと、大腸で吸収される(ブロッコリー)か。短鎖脂肪酸は先ほど述べたとおり、わたしたちの健康に役立つ物質です。食生活を見直すことは、共生微生物の生態系を整えるためにわたしたちが今すぐにできることです。しかしそれで完璧というわけではありません。共生微生物の生態系を崩す要因として注意すべきことは他にもあります。地球上の熱帯雨林や、古代の森や、サンゴ礁を保護するためには、森林伐採や外来種の持ち込みを制限し、大気や水を汚染する物質を減らさなければいけません。わたしたちの体は地球と同じ、多種多様な生物がひしめく生態系です。抗生物質が人体に及ぼす影響。精神疾患と微生物の関係。糞便移植による治療。この本には、自分の体についてもっと詳しくなるためのさらなる知識が詰まっています。共に体を生かしている共生微生物のことをもっと知りたいと思いませんか。きっと、その存在を大切にしたいと思うようになるはずです。あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた (河出文庫)Amazon(アマゾン)