芸能人の政治批判はしてもしなくても別にいい。これまでしてなかった人たちがこぞって言い始めた気持ち悪さが問題である。気軽に言える環境づくりは必要である。

政治に対する価値観は有名人だろうと一般人だろうと平等なものであるべきである。それを前提に考えると一人の芸能人の発言に大きな賛同や批判が集まること自体が不自然なものである。

発言をした個人よりも発言に突っかかってしまった大多数が反省するべきである。芸能人の影響力が強いというのは我々が作り出してしまったものであり、方面によってその影響力というものを再度考え直さなければならない。

芸能人が誤った情報を流してしまったのならあくまで影響力は多大であるため謝罪の一言は必要だろうが自分の思想にそぐわなかったからと言ってそれを頭ごなしに否定する行為は一人ひとりの思想の自由をはく奪しかねない。

自分の思想が正義でありそれを相手に押し付けようとする勘違い野郎が多かったせいで問題が起きたと思っている。

ただ自分の思想を押し付けようとする人などどの時代にもいただろう。そのようなことを想定できず感情に任せて発信し、コメントでファン同士がけんかするのを見ていられなかったとツイートを削除する行為はあまりにも浅はかであると思わざるを得ない。

 

誹謗中傷で自殺した女性がいると話題になっていたが真偽はまだわかっていない模様だ。近年スマホや電子媒体の普及でだれもが気軽にSNSをしがちである。それらはもともと個人を特定するような情報を載せることを想定して作られていないはずである。自ら個人の情報を載せて、自身について発信し、それに対する批判というものはしょうがないとおもう。ツイッターやインスタグラム、自分の顔写真をサムネイルにし、名前の欄には本名や芸名など完全に一個人に特定されるような使い方をしている人のほうがマイナーである。顔が見えないから批判をするというのなら自分も顔を見せなければよいではないか。個人情報を載せたいのならばフォロー以外が見れないようになる鍵アカウントにするなどいくらでも対策の仕方はあっただろう。

 

どちらにせよ有名人なんてものはSNSに縛られる必要はないのではないか?