今朝目を覚ますと主人はすでに台所で動いていました。
自分でコーヒーを入れようとしていたようで
調理器具やお皿を扱う音が聞こえていました。
まだ寝起きの頭でその気配を感じていたところ
突然大きな音が響きました。
台所へ行くと私が長く大切に使ってきたコップが
粉々に割れて散らばっていました。
20年以上使い続けてきたお気に入りのコップです。
思いがけず目にしたその姿に、えーっと落胆の声を出してしまいました。
主人は慌てて破片を拾い掃除機をかけてくれましたが
気に入っていたものが戻らないという事実は重く残りました。
さらに「ごめんね」よりも先に「やかんが落ちてきて…」と
状況の説明が始まったことで
寝起きのぼんやりした頭に怒りが一気に広がり
思わず文句が口から出てしまいました。
その結果、朝の空気は一気に険悪なものになってしまいました。
そのまま気持ちが整理できないまま家を出て通勤電車に揺られながら
先ほどの出来事を繰り返し思い返しました。
「あのとき、違う受け止め方ができなかっただろうか」
そんな思いが少しずつ湧いてきました。
考えているうちにひとつ気づいたことがあります。
いら立ちはどうやら“自分側に意識が集中しているとき”に
起きやすいのだということです。
その瞬間私の意識は完全に「大事なコップが割れた」という一点に
向いていて、主人がどんな状況だったのかを
思い浮かべる余裕がまったくありませんでした。
やかんが突然フックから外れて落ちてきたら
主人も驚き、あわてたはずです。
そんな相手の状況を少しでも想像できていたら
最初に出てくる言葉は違っていたかもしれません。
こうした“想像する数秒”は
アンガーマネジメントでいうところの6秒にも近いのかもしれません。
その短い時間が感情の形をわずかに変えてくれることがあるのだと
電車に揺られながら考えました。
「怒りが芽生える前に、一回立ち止まり
相手の立場を思い描けたら」
そんな反省した出来事でした。」