年末のこのタイミングで私にとって大切だと思っていた

人間関係で思いがけない出来事がありました。

動揺したまま年越しを迎えるのは避けたいと思い

気持ちを整理する意味も込めて

今日はそのことを書いてみようと思います。

信じていた人から予想外の言葉をかけられた瞬間、

「あ…」と胸の奥に小さな違和感が落ちていくのを感じました。
 

その人とは年に数回会う程度ですが

以前の私は会えばいつも場の空気をやわらげ

周りの表情を自然と明るくしてくれるような人だと思っていました。

一人ひとりにさり気なく気を配り

仲間が心地よく過ごせるように動いてくれる・・・そんな

“思いやりの人”という印象が強く残っていたのです。

だからこそここ数年で見えてきた変化には戸惑いがありました。

自己中心的な発言やどこかケチな印象のある態度が

見え隠れするようになり

胸の中では違和感が少しずつ育っていました。

それでも私は「昔のあの優しさを私は知っている」と

そのイメージを守るように関係を続けていたのだと思います。
しかし昨晩の電話でのやり取りはその違和感を決定的なものにしました。

内容はある集まりの“参加人数”についての相談だと

言われていましたが、話を聞いていくうちに

すでにその人の中で答えは決まっていたのだと悟りました。

相談ではなくただ人数調整のための“確認”だったのです。
そして何より「その確認を、よりによって当事者の私に言うのか?」という

言葉にしづらい違和感が胸の奥に強く残りました。

もしかしたらその人なりに私にきちんと説明することが礼儀だと思って

わざわざ丁寧に連絡してきたのかもしれません。

でも正直なところそんな裏側の事情まで聞きたくなかった、というのが

本音でした。なんならついてもいいウソというものも

世の中にはあるのではないか・・・そう思ってしまうほど

私にとっては聞かなくてよかった話でした。
電話を切ったあとに広がったのは怒りでもショックでもなく

ただの寂しさでした。

何でも話せる関係性とは、便利な関係性、何でも許してくれる相手、

ということだったのか。

割り勘のとき、イベントのとき、そして今回の集まりのとき・・・

「あぁ、そういう位置づけだったのか」と

心がすっと冷えるような気持ちになりました。
完全に糸が切れたわけではありませんが

心のどこかでご縁が緩んだのを確かに感じました。

もう以前と同じ気持ちで向き合うことはできない。

そんな変化が自分の中に起きていました。

ただこの出来事を「傷ついた」「もう無理」と片づけるのは

どこか違う気がしたのです。

少し時間を置いて今日一日自分の中でゆっくり考えてみました。

そうして浮かんできたのは

“誠実って何だろう”という、ごくシンプルな問いでした。
最初は相手の言葉にショックを受けたのだと思っていました。

でも改めて考えてみるともともとその人は以前から

そういう一面を持っていたのかもしれません。

そこに私が自分の見たい方向だけを強調して見ていたのかも

しれないのです。私は人を信じやすいところがあります。

今回も“良い部分”だけを大きくしすぎて

期待を膨らませていたのだと思います。

そしてその期待が「そんなはずではない」という感情に

つながっていったのだと気づきました。
変わったのは相手ではなく私のほうでした。

自分の心の位置が変わったことで見え方が変わっただけなのかもしれません。

今回の出来事を通して人と関わるうえで大切にしたいと

思っている「思いやり」や「誠実さ」の基準が

自分の中ではっきりしてきたように感じています。

そして違和感という小さなサインを

これからはもう少し丁寧に受け止めていきたい・・・そんなことを考えました。