仕事でのやりとりで「声」より「文字」が主流になってきた

ように思います。

メールやチャットで済ませることが増えたのは

在宅勤務の広がりも関係しているのでしょう。

最近とくに感じるのは「言った言わない」のすれ違いを避けるために

証跡が残る文字のやりとりが選ばれるようになっていることです。

後から「ほら、こうやってやりとりしましたよね」

と示せるのは安心でもあるけれど

どこか窮屈さもあります。

便利になった分、やりとりが少しばかり

まどろっこしくなったように感じます。

それに、文字のやりとりにも人柄が出るものです。

丁寧に思いを尽くして長文になる人もいれば、

白黒をはっきりつけるように短文で完結する人もいます。

どちらも悪いわけではないけれどその極端さに触れるたびに

人と人とが向き合うことのむずかしさを思います。

そういえば先日、

ちょっとした用件をチャットで伝えたときに

相手が「了解です」のひとことだけで返してきました。

急いでいるのかもしれない、と考えつつも

少し冷たく感じてしまった自分がいました。

けれど翌日直接顔を合わせたときにはとてもにこやかで

こちらの気持ちをほぐしてくれるような笑顔でした。

言葉の温度は画面越しでは伝わりにくいものだと

改めて思いました。

声のやりとりが減っていくのは時代の流れなのでしょう。

それでも人と人とをつなぐのは結局のところ

「どう受け取ってほしいか」という気持ちなのだと思います。

どんな手段であってもそこに少しでも人間味を添えられるようにしたい。

そんなことを、日々の小さなやりとりの中で考えてたのでした。