私は、ある教会員のブログの一説とコメント欄を読んで愕然とした。と同時に教会に希望は無いと感じた。


献金についての内容だが中にはこうある・・・

「献金減免って来ないかな?と淡い期待をしながら眺めております。」

コメント欄にはこうあった。

「ちなみに私は前の10.14の祝福式の献金踏み倒しました。何のおとがめもありません。当然です。よく考えると献金は強制ではないのです。払わなければ受けさせなかったということは今まで一回もありませんでした。あくまでも気持ちが重要です。気がすまなければ後からぼちぼちでぜんぜん神様は裁かないとおもいます。」

これが現在の教会内部を表してると思います。まさに「御利益信仰」そのもの。「献金踏み倒しました。」と悪びれも無く平気で言えるこの信仰観。恐れ多い。恐らく、この信仰観が教会内部の過半数を占めていのではないだろうか?これでは御旨は進まないのは当然であり、神様が働く筈も無い。ここには主人意識の欠片も無い。


幹部、教会長の皆さん、あなた達の教育の成果がこれですよ。

こんな所に希望感を感じろというのですか?


基元節感謝献金の額について様々な見解があるようですが、ここで私の見解を述べたい。


この度の感謝献金(祝福献金)日本は140万円に対して韓国は13万ウォン(約1万円)~と公文が出たらしいが、そもそも祝福の価値は金額で表せるものでしょうか?「祝福は受けさせて頂けるだけありがたい。」それが本当であって、それが500万円だろうが1000万円だろうが受けたい人は必死になって頑張ると思います。額に目を奪われている人に「例えば、韓国と同等の1万円なら祝福は受けて、140万円なら受けないの?」と問いたい。もし、お父様がご存命であった場合に示された額ならば貴方達は問題提議するでしょうか?苦しいながらも甘んじて受けるのではありませんか?当然、額も低い方が良いに決まっていますが、もっと価値に重きを置くべきだと思います。もし、額により左右されるのであればそれは虫が良すぎると思うし、御利益信仰の類ではありませんか?


教会側にも一言述べさせていただきます。

韓国は13万ウォン~(誰でも受けられるように・・・)とありますが、当然それは日本にも言えることで、どうして日本は140万なのか?今後、新たに公文が出て、世界各国の家庭が韓国のように誰でも手が届く額になるのなら良いのですが、もしそうでないならその理由をお聞きしたい。食口としてはどの国の食口も価値は同じ筈。貨幣価値等で違いが出るのは仕方ないが、韓国・日本間においては100倍以上の差があり、明らかに意図があるとしか思えない・・・

そして先ず、先日出された公文を世界に発表して頂きたい。


内容が矛盾してるとか言われそうですが、思ったこと自由に書きました。

因みに私の中では結論が出ています。




これからUPする内容はこのカテゴリーではなく寧ろ、告発・批判に入るかもしれませんが、私の気持ちを素直に書きますのでお許し願います。


皆さんは「世界基督教統一神霊協会」とはカテゴリーとしては何処に入ると思っていますか?私は宗教と思ってきましたが、最近はその様に思えなくなってきたので・・・


宗教とはWikipediaでは以下のように表現しております。

「一般に、人間の力や自然 の力を超えた存在を中心とする観念 であり、また、その観念体系にもとづく教義 儀礼 施設 組織 などをそなえた社会集団 のことである。」


財閥とはWikipediaでは以下のように表現しております。

「一族の独占的出資による資本 を中心に結合した経営形態。」


簡単に言えば「神仏等の見えないものを信じ、救いを目的にしたもの」が宗教で、財閥は「一族を頭にした企業体」とでも表現できるだろうか?


私が思うに、今の「統一教」はどちらにも当てはまるような気がする。

統一財閥とでも表現すれば良いのだろうか?


しかし、両者は本来、相反するものではないでしょうか?宗教と言っても組織を存続していく上で多少の蓄財は致し方無いとは思うが、今の「統一教」はそのレベルではない。「天福函」を例にとると、み言の解らない方にとっては「立派な化粧箱に入った八大教本なる物」である。それが¥430万である。(八大教本は、以前韓国において、誰でも手に取ることのできる価格で販売されていたので、殆んどが箱代)

教会員はみ言となると我先に求めようとするから、軽く見積って100個としても\4億3千万。そんな少数ではないだろうから、数十億、下手したら数百億のお金が集まるのである。今までに手を変え品を変え繰り返してきた献金なのだから、恐ろしいかぎりだ・・・ その他に清平絡みの献金等もあり教会としては「宗教はおいしい商売」としか思えないだろう。当然、宗教法人は税金が免除されているだろうから不労所得は増えるばかり・・・

その利益は何に使われてますか?統一教の殻を破って外を見れば、支援しなければいけないところが沢山有りますよ。お母様・・・

しかし、利益はリゾート開発、ホテル事業、無駄な箱物建設等々・・・ 

そして、挙句の果てには統一財閥の懐に・・・

また、派閥と利権の中に生まれた無駄な訴訟問題。そんな渦に巻き込まれて方向性を見失った兄弟姉妹達・・・


こんな姿、神様喜ばれますか?

そんな中に神様の祝福ありますか?


もう一度、自分自身を見つめ直す必要ありませんか?