日本では、子どもが「大きな夢を叶えるために」ボールを追う、という言い方をします。
フランスのサッカー少年の中には、
「親を楽にしてやりたいから」
必死になってボールを追う、
そんな子どもたちが一定数います。
その子どもたちは多くの場合、家でも練習場でも差別的なジョークや侮蔑的な罵りにまみれて生きています。自分も言うし、言われるという環境です。
では、なぜその子どもたちは他のことではなくスポーツで名を上げようとするのでしょうか。
スポーツが得意だからとか好きだということも、もちろんあるでしょう。
もうひとつの理由は、スポーツなら出自に関係なく、実力だけでのし上がることができるからです。
デンべレやグリーズマンがどのようにサッカーを志し、どんな苦労をしてきたのか、してこなかったのか私は知りませんが、決して楽なものではなかったはず。
ヨーロッパでは、「良い家庭」の子どもたちは厳しく言葉遣いをしつけられます。学校でも直されます。
しかし、親にその「教養」がなければ、そして通っている学校区が貧しければ、教えてもらうことはできません。
私は前にも映画「マイフェアレディ」について書いたことがあります。
汚い言葉を使っている貧しい花売り娘が、言語学者に言葉遣いを直されて社交界デビューする話です。
教授が連れて行った競馬場で、興奮しすぎて「お里が出てしまう」エピソードもあります。
デンべレはセネガルの血を引いているということで、差別の対象となることは日本人にもわかりやすいでしょう。
グリーズマンは白人じゃないか、と思われるかもしれませんが、明らかにフランスの苗字ではありませんね。(因みに自身はグリエズマンと発音すると言っているようです。)
日本のウィキにはドイツ系とあります。確かにそうなのでしょうが、フランス語のウィキを見ると、もっと詳しいことが書いてあります。
お父さんは、国籍はドイツですが、欧州で伝統的にノマドとして暮らしていた民族の出身です。そしてサッカー選手だったという母方のおじいさんはポルトガルからの移民です。
おまけにグリーズマンは身長が足りないというので、何度もプロ試験をはじかれています。
ふたりとも、理不尽な差別がどんなものか、身をもって知っている人たちです。
「だったら余計に言うなよ!」と言いたいところでもありますが、彼らは聖人でもないし政治家でもないんだよね。
