目黒で五歳の子が虐待死、子どもを守る法律は? - ヨーロッパの試み | 語学と読解、文化の違いを楽しむ外国「語」人

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英語、フランス語、日本語を教え、翻訳をしながら思うこと:
語学力も大事だけど読解力を養わないとね。
15年以上ヨーロッパで暮らし、三か国で子育て。
フランスやベルギーのこと、子育てのこと、文化の違いについて書いています。

 

「どうして助けてあげられなかったのか。」

目黒で5歳の女の子が虐待死した事件を受け、こう思った人が多かったことだろう。

私もその一人。

児童相談所が虐待の事実を掴み、二度も施設に入っていたのに。

これまでも似たようなケースがあり、その都度なぜ救えなかったのかという声が挙がった。

児童相談所が手一杯だからなのか、それとも、法律が整備されていないからなのか。

家庭内での子どもの虐待は残念ながらどの国にもあるが、 法律による対処の仕方は国によって違う。

目黒の虐待死のようなケースであれば、フランスなら恐らく、親は強制的に子どもを取り上げられていただろう。

フランスの法律のことも私は詳しいわけではないい。

ではなぜそう思うかというと、虐待ではないのに間違いによって子どもが親から引き離されたケースが報道されたことがあるからだ。

それは極度に骨が脆くなる病気を患っていた女の子の場合で、確か複数箇所骨折していたのだと思う。
医師が虐待を疑い、通報したために親子が引き離されてしまったということだった。

後に両親は裁判を起こし、勝訴しているから、手続きに何か問題があったのかもしれない。

親から引き離されていた女の子は判決の感想を求められ、
「うちが勝って良かった。」
と答えたという。

親子を引き離すということは、一歩間違えれば別の大きな悲劇を引き起こしかねない。

しかし、何らかの法的な整備をし、一定の条件で強制的に引き離せるようにしないと、同じような事件はまた起きてしまうのではないか。

結愛ちゃんの場合二度も施設にいたというが、施設に入れる条件や親に返す条件はどのように決まっているのだろう。
 
児童相談所は母親に関与しないで欲しいと言われたそうだが、強制的に介入できないものなのか。

相談員が児童に会いに行って会えなかったらどうすると決まっているのだろうか。 

子どもは無論国のものではなく自治体のものでもないが、親のものでもない。

子どもは誰のものでもないから。 

 

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