栗をもらったので茹でました。
熱々の状態で皮をむいていたら、手の中でぼろぼろ崩れていく。

栗をむくのって、こんなにむずかしいものなのか?∑(-x-;)

世に出回っている、「むいちゃいました甘栗」みたいな商品は、匠の技の結晶だったのか!?

でもね、むき続けていたら、だんだんきれいに形を残せるようになってきたんですよ。
中学の理科を思い出しました。物質は温度が上がると、分子の動きが活発になるんだと。

・・・茹で立ての栗は分子が忙しく動き回っているので、落ち着くのを待ってからむきましょう、という教訓でした(;^ω^A

読書と英語とひとりごと

で、とても美味しかったんだけれどねえ。
大粒の立派な栗を、塩かけて夜中に1人でもそもそ食べている自分自身に、哀愁を誘われる(/ω\)

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「ネステッドループ」って言葉、ご存知ですか?
複数の話を同時に進行させて、最終的に収斂させていく。そんな話術を指すようです。
映画でもよくありますよね。まったく別の空間の話がどんどん絡まって、最後には1つの結末にたどり着いているような。
あっ、こんな風に、一見無関係の話がつながっていたのね、と最後に腑に落ちる構成ですね。

私はNLPのセミナーで、初めて知りました。
そしてセミナーでは、実際に自分で作ってみるよう宿題を出されたんですね。
私は以下のような内容で話してみました。
決して、「ネステッドループの模範解答」というわけではないので悪しからず。。。


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皆さんおはようございます。
スピーチの練習、みなさんは十分にできましたか?
私は昨日の帰りの電車の中で、小声でぶつぶつ言いながら練習をしたのですが、
隣の女性に聞こえたらしく、「この人、頭がおかしい人!?」と怖がらせてしまったようです。

そんなハプニングもありつつ。。
今日は、「決断をする際に、こういう考え方って大切じゃないかなあ」
と感じていることをお話させていただきます。

まず、みなさんに1つ質問を出したいと思います。
ご自身が「建築家」であると想像してみて下さい。
AさんとBさん、2人の人から、家の建築を依頼されました。

Aさんの土地は、広々としたきれいな長方形です。
一方Bさんの土地は、鰻の寝床のように狭くて形はガタガタです。

「建築家」の皆さんは、どちらの方が家を建てやすいと感じますか?
・・・
そうですよね。Aさんの土地の方が建てやすそうですよね。
でも皆さんが、自分の腕に自信を持っていたら。。。
どっちに家を建てる方が、「建築家としてのガッツ」は出てきそうですか?

このエピソードは、ロシア語通訳者の米原万里さんという方のエッセイに出てきたものです。
私は昔から語学に興味があって、その流れで米原さんのことを知り、彼女のエッセイも読みました。

英語は何かしら触れるようにしていて、洋書を読んだりもします。
最近読んだ洋書は、スティーブ・ジョブズの伝記でした。
読みやすいかな、と思ったらこれが案外読みにくかったんです。
初期のパソコンのイメージが湧かなかったり、外国人の名前が覚えにくかったり。
そんなんでどんどん頭が混乱してきてしまったんですね。
それで、途中で読むのをやめてしまいました。

途中でやめるのはもったいなくもあるんですが、私は読書において、2つのルールを設けています。
1つ目は、全部読みきることを「美徳」としないこと。
無理して読むよりは、その時間を別の本に当てた方が有効だと割り切る。
2つ目は、何か1つは自分の人生のヒントとなる言葉を見つけ出すこと。
ジョブズの本でも1つ、「あっ、これは自分の教訓に応用できる!」と思えるエピソードがあったので、すっぱり読むのを止めました。

ジョブズは、発想自体がまずすごく、その後の決断力・遂行能力も飛びぬけていますよね。
一方「一般的な人」は、ちょっとした挑戦でも、ついつい足踏みをしてしまいがちです。

失敗したら。。。
苦労はしたくない。。。
世間から色眼鏡で見られたくない。。。

やりたいのにあれこれ理由をつけてしまい、現状にとどまることに甘んじてしまう。

「失敗」するかもしれないじゃない?

将来の可能性に0%はありえませんから、その質問自体にナンセンスさもあるのですが、私たちはそうして、自分自身を現状に縛り付けてしまうことが少なくありません。

私自身、ある挑戦を計画しているのですが、周りの心配や忠告に躊躇していました。

身近な人の心配はありがたいものですし、過去に「思いとどまること」で得たメリットを思い返すと、ますます迷えてきます。

しかしある時、こう考えてみたんです。

今日から5年後に自分が死ぬとしたら。。。
私はどちらを選ぶべきなんだろう?

「挑戦したことによる失敗」は、その後の努力でリカバーできる。
でも、「あの時、あれに挑戦しなかったという失敗」は、絶対にリカバーできない。
死ぬ瞬間に、「これをやらなくて本当によかった。」と感じられそうなら、ぜひともやめておこう。
しかし、そうでないのなら。。。

そして、こんな1つの「セオリー」が思い浮かんだんです。

人間は制限があることで、無制限になれる。

先ほどジョブズの本で、印象に残ったエピソードがあるとお話しました。
それはジョブズの、今の奥さんとの馴れ初めの話だったんですね。

ジョブズはある女性に恋をして、デートに誘いたかった。
でも生憎その日は仕事が入っていて、一旦断念するのです。
仕事先に向かうため、車に乗り込みかけたところで、彼はこう自問します。

これが自分の人生最後の日だったら。
デートではなく仕事を選んだことを、自分は後悔しないのだろうか?

その後の展開は、みなさんご想像つくと思います。
ジョブズは無事その女性と結婚し、幸せな家庭を築き、公私共に成功した人物として、世界中から羨望のまなざしを集めているわけですね。

最初の「土地」の話に戻りましょう。
長方形の広い土地と、でこぼこ型で狭い土地。
どちらの方が家を建ててみたくなりますか?とお聞きしました。

米原さんのエッセイ曰く、「建築家として好ましい」のは、でこぼこの狭い土地のようなんです。
悪条件のスペースを、いかに広く感じさせるか。快適に感じさせるのか。
自分の創造性が試されることに、プロとしてのプライドが刺激されるのでしょう。

私たち人間は「制限」を与えられることによって逆に、行動は大胆に、クリエイティブに、そして可能性は「無制限」になっていくようです。
この反比例、なんだか面白くありませんか?

考えてみれば、人生はそもそも有限です。
しかし私たちはあたかも無限なもののように感じていて、その感覚が逆に、挑戦心を抑制してしまっているのかもしれません。

「明日死ぬとしたら。」
「5年後死ぬとしたら。」
いつもいつもそんな想像をする必要はないとは思います。

しかし、人生の大きな選択に迷った時は、「死ぬ時に後悔しないのはどっち?」と自分に問いかけてみる。

「制限」することによって、自分の可能性、創造性を解き放つ。
そして勇気を出して、新しい道に踏み出していく。
そんな意識をこれからも大切にしていこうと思います。

お聞きいただき、どうもありがとうございました。

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ネステッドループの狙い通り、読み手の皆さんの混乱や好奇心をうまく引き起こせたかしら。。。?

今月は勝手に「NLP月間」と称して、NLPで私が学んだあんなことこんなことを、連続で書き綴ってみようと思います。

私がお世話になっているNLPセミナーはこちら!
http://www.synergyplus.co.jp/

11月も、皆さんにとって良い月となりますようにラブラブ