俳優は、すべてを知らないまま演じることがある
海外ドラマの制作現場では、俳優に物語のすべてを知らせないことがあるそうです。
たとえば『ウォーキング・デッド』のような群像劇では、誰がいつ死ぬのか、誰が裏切るのかといった重要な展開を、あえて伏せたまま撮影が進められることがありました。
理由はとてもシンプルです。
知ってしまうと、どれだけ意識しなくても演技に影響が出てしまうからです。
知ってしまうと、演技は「別のもの」になってしまう
自分がこの先で死ぬと知っている人物と、何も知らずに「今日を生きている」人物とでは、同じセリフでも、同じ表情にはなりません。
演技が下手になるわけではありません。
ただ、別の演技になってしまうのです。
視線の置き方、間の取り方、相手を見る目。
ほんのわずかな違いですが、それは確実に画面に表れます。
だから制作側は、あえて俳優を「知らない状態」に置くのです。
私たちは、日常でも同じことをしている
この話を聞いたとき、これは俳優だけの話ではないと思いました。
私たちは今、結果も評価も失敗例も、簡単に知れてしまう時代を生きています。
検索すれば、「やめたほうがいい理由」や「うまくいかない確率」は、すぐに手に入ります。
それらは合理的で、親切で、正しそうに見えます。
けれど、その情報を知った瞬間から、私たちは無意識に行動を変え始めます。
守っているつもりで、削っているもの
「自分には向いていないらしい」
「この道は厳しいと聞いた」
「同じことをして失敗した人がいる」
そうやって、まだ何も起きていない未来を、先回りして閉じていく。
しかもそれは、諦めたという感覚すら伴いません。
現実的な判断をした、賢い選択をした、という納得感だけが残ります。
気づかないうちに、私たちは自分で自分の可能性を狭めてしまっているのかもしれません。
知らないというのは、無知ではなく意思である
俳優が先の展開を知らないまま演じるのは、無責任だからではありません。
その瞬間にしか生まれない感情や反応を、大切にするためです。
同じように、私たちの日常にも、
「まだ知らなくていいこと」
「今は決めなくていい未来」
があるのではないでしょうか。
情報が溢れすぎた時代だからこそ、
何を知り、何をあえて知らないままでいるかを選ぶことは、消極的な態度ではありません。
まだ決めなくていい未来もある
結果を知ってから動くのではなく、
評価を知ってから話すのでもなく、
失敗談を集めてから挑戦するのでもなく。
何も知らないまま一歩踏み出したときにしか、出会えない自分がいます。
私たちは、本当に知りすぎたことで賢くなっているのでしょうか。
それとも、傷つかない代わりに、動けなくなっているだけなのでしょうか。
俳優があえて知らされないように、
私たちもまた、知らないという選択によって、自由を守れる場面があるのかもしれません。
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