いつも見てくださって、ありがとうございます。
今回は“起源解説シリーズ”として、自然信仰から唯一神信仰へと切り替わった人類史の大転換点を取り上げます。
テーマは、一神教の始まり──
『ユダヤ教』です。
歴史的な背景に加え、私なりの解釈も合わせてお届けします。
あくまで一説ではありますが、宗教を語る上で欠かせない大切な話ですので、ぜひ最後まで読んでいただけると幸いです😊
選ばれし者?アブラハム
その昔、ヘブライ人のアブラハムは太陽や月を眺め、神というものがどういう存在なのかを深く考えていました。
その当時は自然信仰が主流。
他のみんなが太陽や月を神として崇めているなか、アブラハムは自然信仰に違和感を感じていたのですね。
そして、太陽が沈んでいくところを見て、
「消えるものではなく、永遠に存在する唯一の神こそ真の神だ」
と確信し、祈りを捧げました。
その唯一の神は、当時はヤハウェと呼ばれ、後にイスラームではアッラーと呼ばれる存在。
アブラハムはその神を信仰すると決意し、その祈りが「神の契約」へと繋がっていきます。
✡️ ユダヤ教ってこんな宗教
アブラハムの契約から始まったユダヤ教は、
人類史のなかでも特に影響力の大きい宗教のひとつです。
ここでは、その特徴をかいつまんでご紹介します。
① 選民思想
ユダヤ人は「神に選ばれた民」とされます。
これは「他より優れている」という意味ではなく、神との契約を守り、その使命を果たす責任を与えられたという考え方です。
民族的なアイデンティティと信仰が強く結びついている点が特徴です。
この『選民思想』という言葉に関しては、偽物スピリチュアル界隈でも勘違いされている方が少なくありません。
高次元的に解釈するならば、
『先に叡知を知った者が、後の者に伝える』
という感覚です。
つまり『選ばれた』というよりは『先に気づくことができた』
このように理解しておくと、傲慢さに陥らず、謙虚に学びを深めることができます。
② モーゼの十戒
シナイ山で神から授けられた「十の掟」。
偶像崇拝の禁止、親を敬え、人を殺すな、盗むな──といった内容で、ユダヤ教だけでなく、キリスト教やイスラム教にも受け継がれた人類共通の道徳規範となっています。
③ 律法(トーラー)
モーゼの十戒を基礎に整えた神の教えで、日常生活の細かいルールや戒律を含みます。
食べ物の制限(コーシャ)や安息日(シャバット)など、信仰を実践するための具体的な生活規範が整えられました。
これがあることで、離散(ディアスポラ)の時代でもユダヤ人は一体性を保ち続けることができたのです。
真面目な信徒たちが、
『どうしたら皆が常に神を意識して行動できるだろう?』
と考えた結果、日常生活に祈りを“行動”として組み込む仕組みを作りました。
でも、みなさんご存知の通り、人間というのは──飽きっぽいし、面倒くさがり。
だからこそ、いつしか「ルールを守ること」自体が目的になり、
本来大切だった“祈り”が置いてけぼりになってしまったのです。
これは、真面目さが仇となったケースです。
現代でも、真面目すぎてルールそのものを大切にし過ぎ、ルールの中身を精査するのを忘れている部分が多くあります。
それは固定観念から離れている人からすれば、
「自分で自分の首を絞めている」
ように見えます。
まとめ
ユダヤ教は、アブラハムの気付きと純粋な信仰から始まり、
選民思想:使命を担う民という意識
十戒:神から直接示された基本の掟
律法(トーラー):日常生活にまで及ぶルール
という三本柱で形作られていきました。
十戒までは高次元的だったけど、
そこから余計な意図が入りすぎたという感じがします。
本来の祈りはとてもシンプルなもので、例えば
「平和であって欲しい🕊️」
「全員が幸せになって欲しい🍀」
などと、心から願うことにより、言葉にエネルギーがのせられて社会や高次元に届くというものです。
本当の祈りは、どこでもいつでも、できるものなのです。
神はいつでも側にいます。
なぜなら、あなた自身が神と繋がっているから。
どんなに落ちぶれた人であってもです。
愛しいあなたの隣人のことを忘れないでください。信仰する必要はありません。
日々、生きることができることに感謝し、
あなたらしく楽しく生きるだけです。
命には敬意を持って接してください。
憎むべきは罪だけです。
🔔全ての生き物が大いなる源と、無限の愛に気づきますように。
力ある者は、その力の責任を忘れぬように。他者への思いやりを欠くことなかれ。