最近はめっきり時の流れが早い。朝起きたと思ったら、もう寝る時間になっている。


 あるいは以前からもそうだったのだろう。大学四年間なんて、瞬きをする間に終わってしまったのだから。


 よく人生の意味とは何かとか、そういったことを提示する自己啓発本をよく見かける。


 こうも一瞬のうちに過ぎゆく時の流れを人生だとするのなら、そこに意味など求めるのがそもそも間違いなんじゃないか、と思う。


 だって、意味を求めて過ごした時は、どう頑張っても、「意味を求めていた時間」でしかなくなるからだ。


 ただでさえ早い時間が、そんな不毛な営みによって埋められるのはそれこそ無意味だ。



 だから、意味というものは後からついてくるのだと思うようにしている。


 そう思えば、今自分が向き合っているものの、用益潜在力の如何に頭を悩まして、現在が疎かになることはないからだ。


 後にならないと分からないものに遠慮して、その時々の意欲を抑えるのは馬鹿だ。


 僕たちはいつだって今を生きている。


 それだけで十分であり、そこに何かが介在する余地など、もとより無い。


 

 一日一日は早い。あくびをしている間に、日は沈みすぐに朝が来る。


 そのあくびをするというのが、生きているということなんだろう。


 意味を求める行為は、あくびそのものに罪悪感を抱かせ、噛み殺させる。食いしばった目尻からは涙が溢れる。



 例えとしてはとてもわかりにくいだろうが、ともかく。


 あくびを我慢しない者にとっての一日は、きっと満ち足りていて重いはずだ。



 何より大口を開けた方がすっきりとするだろうから



 そんな人生を送りたいな