母が持っていたケータイ、数々の写真も残っていました。
犬、猫、花、木、風景、、、
一番多かったのは、
伊勢谷友介。
なんでやねん。
ソウルシスター、旅立つ④
お坊さまには戒名に音と言う字を入れていただき、音に関するありがたいお話しをされました。
式場で流れるブルースにもご理解され、我々遺族にもとても優しい、素晴らしい住職様でした。
最後に棺の蓋を閉める前、花や思い出の品を入れて、孫の結婚式で着たフォーマルと寝間着代わりに僕のバンドTシャツ、タオル、そして、彼女のトレードマークだったベレー帽を入れてお別れ。
みんなで手を添えて蓋を閉じました。
喪主の挨拶では、僕自身カンペなど用意せず、思うまま話したので何を言ったか忘れましたが、お坊さまが感動しましたと褒めてくれましたので良かったです。
火葬場へ移動し、すぐに炉の中に入った時は熱!っと声がした様に思いました。
骨になった母。
普通の70代とは思えない、40代くらいの骨の量で係りの人が驚いていました。
東京では骨をすべて骨壷に納める為、思うより大きく重くなります。
でも、人より骨が沢山あった事がなんだか嬉しくて、抱えるのが苦痛ではなかったです。
最後、みんなで精進上げをいただき、妹の家に戻り、分骨して、その晩に夜行バスで大阪へ帰りました。
音楽が流れると踊り出すひと。
いつも働きながら歌うひと。
ロック、ロックンロール、ブルース、カントリーが大好きで、僕に音楽の喜びを教えてくれたひと。
亡くなる日まで働いて、生きとし生けるものすべてに愛を持って接したひと。
お金や財産はまったくなかったけれど、多くの人に強烈な印象を残し
そして多くの人に愛されたひと。
感情を誰よりもさらけ出し、傷付くことも多く涙も流したが、その倍も笑っていたひと。
僕は彼女の息子で生まれて、本当に良かった。
空の上から、見ていて下さい。
ありがとう。
行ってらっしゃい。
(おわり)