№254R3.5.31投稿

 

「 罪や罰のようなもの 」

 

もう亡くなってしまったのだから
それは自然災害のせいだから
後悔しても仕方ないよ

 

慰めでかけられた言葉が

 

大切な人を喪った者にとっては

自分を責める言葉に感じます

 

命を守る備えが

不充分だった自分が
確かにそこにいるからです

 

被災した人のことを
「 何かの罪があったからだ 」

「 何かの罰を受けたのだ 」
そういう人がいますが

 

震災後10年を経た私にとって

罪や罰のようなものは

 

与えられるものではなく

自分が自ら
生み出してしまうものだと
身に染みて痛感しています

 

大切な人を喪わなければ
考えずに済んだような
こんな思考や後悔

 

普通に暮らすためには
誰もしてはいけないことです
させてはいけないことです
 

決して 
難しいことではありません

 

災害のその時に

命を守るためにどうするか

 

一生を共に生きたい人と
何度でも考えて
何度でも相談して

 

災害のその時に
命を守るための行動をすること

 

「 命を守る 」が最も重要

 

それが出来なければ

 

その他の備えは

本来の意味を成しません

 

命の温度を感じて
考えましょう
相談しましょう

 

そして 

 

災害のその時

何よりも命を守りましょう

 

この10年

何度何度も

同じことしか言えませんが

それが私の全てなのです