№239 R2.9.17投稿
「 被災してバグった話 」
前回投稿した記事の後半部分で
「 人間って
生きるか死ぬかの極限状態になるとバグるよね 」と
うちの子供が表現したというお話をしました
ここで言う「バグ」は
本来の虫という意味ではなく
コンピューターのプログラムに隠れている
誤りや欠陥の意味の方です
津波に追われて
命からがら避難した火葬場では
外で焚火がたかれました
何とか情報を集めようとした私は
一緒に避難している近所のおじさん達と
手回しラジオの音に耳を凝らしていました
まだ3月
あの夜は寒かったはずなのに
その寒いという感覚は
あまり感じ取れなかったのだと思います
寒かったのは分かるのですが
よく思い出せません
そのよくわからない感覚で
パイプ椅子に座ったまま
私の思考は壊れていきました
津波で家が流されて避難しているのに
もうこんなことしてねぇで
はえぐ帰んねげ……
早く家さ帰って
子供ただぢばあったけぇお風呂に入れねげ
布団もあったけぐしてはえぐ寝せねげ
だって こんなに疲れさせでしまって
こんなにさみぃ思いさせでしまって
早く家さ帰って
何でもいいからご飯食べさせでけねげ
台所さあったもので何がこしぇで(こしらえて)……
…………
ああ…… 家ねぐなったんだ
おらい(自分の家) ねぐなったんだ
おら 何考えでんだべ
まだ会えない 無事もわからない
夫のことを無限に想い
実家の家族のことを無限に想い
私の頭の中は
津波でかき回された町の中の様に
まるで深く暗い底なしの混沌
自分の置かれた状況を理解しかね
朝が来るまで ずっと ずっと
繰り返し繰り返し
同じ思考をなぞっていました
家が無くなったこと
二度と前の生活には戻れないこと
町全体がそうなったこと
頭ではわかっていても
心は理解できませんでした
だから 何度も何度も
同じことを繰り返し考えていました
いいえ あの時だけではありません
自分たちの家に住めるようになった今だって
ふとした瞬間に
( 家に帰りたい )と口にしかけて
慌ててしまうことがよくあります
ここに書けないような戸惑いも
沢山 沢山 あります
無くなった家の代わりは見つかりました
でも 大切な人の代わりは
どこにもいません
当時どれだけ 心がおかしくなっても
待っていたのは
亡くなった家族を探しながら
震災後を生きることでした
もし
もしも母と祖母が生きていてくれたら
生きて再会できていたら
生活を立て直すにも
どんなに力になってくれたことでしょうか
亡くなった家族を探しながら
生活を立て直すのは
心の柱が折れた状態で
残った家族がつぶれないように踏ん張る状態です
災害は残酷です
人の心など まるでお構いなしです
私や 皆さんの 命も心も
心の柱が折れてバグってしまう前に
皆さんの大切な人と
何があっても生きて再会する約束をお願いします
ご家族や大切な方々と
シェアをして頂ければ幸いです
どうぞよろしくお願い致します_(_^_)_
#語り部佐藤麻紀
