№201.H31.4.3投稿
「 最近のこととお願い 」
 
震災から8年が経った先日の3月11日
私は弟二人と暮らす父の家に行きました
ベットの横で話を聞き
「 このまま自宅で死にたい 」と言った父を宥め
翌日 日赤病院へ連れて行きました
 
震災後の借り上げ住宅暮らしの中
数年前に思わぬ交通事故にあい
一時はだいぶ苦しい状態にありましたが
病院の先生方やリハビリ療法士さんの
手厚いお力添えと本人の頑張りで
歩けるまでの回復はしていたのですが
入院中の様々な検査の中で
いくつかの余病が見つかり
それでも生きて欲しいという私達に応えて
弱っている気持ちを奮い立たせて
治療に専念してくれました
 
昨年 やっと
自力再建した家にうつることが出来て
安心したのでしょうか
それとも疲れ切ってしまったのでしょうか
ここまでは自分の責任だとでも思っていたのでしょうか
 
11日の夜に私を電話で呼び出し
12日におぶって車に乗せ
処置のかいあって回復の兆しがあったのですが
18日の朝方急変し
今はもう
二度と会うことが出来なくなってしまいました
 
父がなくなるその時
病室にいた私と弟2人で
それぞれの言葉でお礼を言いました
 
物言わぬ体になった父はまだ暖かく
その暖かさに
やっと母のところへ行くのだという安心があり
もう二度と会えないのだという痛みがあり
未だに 自分の心が定まりません
 
大切な人の死に
安心を覚え 安らぎを感じ
それでも ただただ 寂しく 悲しく
 
虚ろな頭で
遺体が目の前にある状態の父の死に対して
ある意味有難いと感じ
もうこうなっては
早く母のところに行って欲しいと願いすらし
そう願っているはずなのに
棺にくぎを打つ際に申し訳なくて申し訳なくて……
 
本当は ずっと 
母のところに行きたかったのでしょう
なんで こんなに 頑張らせてしまったのだろう
震災後 私は無理を承知で
父を踏ん張らせた人でなしの娘です
 
かけがえのない人が 
またいなくなってしまいました
 
でも 今度は 痛みだけではない
あたたかくて柔らかい何かも一緒です
ただ もう少し
私には時間が必要なようです
 
この記事を読んでくださった皆さん
もしかすると
お悔やみの言葉を添えてくださろうと
しておられるかもしれませんが
もし その貴重な時間がおありでしたら
どうか その手を止めて
この記事から目を離し
ご自分の大切な人をよく見てください
 
その人が いなくなって困るのであれば
命を守るためにはどうしたらよいのか
ずっと寄り添いあうためにはどうしたらよいのかを
話してください 語り合ってください
 
優しいお気持ちは
コメントで頂かなくとも充分に承知しております
 
それよりも皆さんに必要なのは
逢ったこともない私を励ますことや 
私の父を悼むことではなく
ご自身のかけがえのない人と語り合うことなのです
どうか お願い致します
 

出来ましたら
皆様のページでのシェアをお願い致します
皆様の大切な方とご覧ください
                

 
#語り部佐藤麻紀