№180.H30.10.4投稿 「 遺体の取り違え 」
【 お願い致します 】
この記事をご覧いただく前に
http://news.livedoor.com/article/detail/15395588/
「東日本大震災の遺体、
警察が取り違え 7年経って発覚」の
リンクをご覧いただき
皆さんがどのように感じられたかを
ご自分の心と対話されてから この記事をご覧ください
皆さんもご存じのように
東日本大震災の際
私の母は よそのご家族が取り違えてしまい
私のもとに帰って来た時には
既に火葬され お骨となっていました
遺体安置所で母を探す内に
私は人の心を無くしていきました
文字通りの「人でなし」になってしまいました
病院で遺体が確認されたはずの母がいない
「 なんで? 」「 どうして? 」
怒りと疑問で体も心もいっぱいで
悲しみという感情を感じる隙間はありませんでした
遺体の取り違えがあったと確信した時
間違えてしまったご家族を
恨むことも責めることも出来ませんでした
正直 この時ばかりは
恨むことが出来たら少しは気が収まるのではないか
責めることが出来たら痛みが和らぐのではないか
そればかり考えましたが
母の娘である私には
どうしてもそれが出来ませんでした
母の遺体を
間違えて連れて行ってしまったご家族も
私と同じように
愛する人を喪っていたから
私のところに母が帰ってくるということは
あちらのご家族から
愛する人と信じて供養した人を
引き剥がし奪うことになるからです
その先に あちらのご家族を待つのは
それまでの私がいた
愛する人を血眼で探すという世界なのです
どうして
その人を責めることが出来るのでしょうか
どうやったら
昨日の私を責めることが出来るのでしょうか
新聞の記事には
警察の方に手違いの要素があるように書いてあります
取り違えてしまったご家族に
その要素があるように書いてあります
しかし あの場を経験した人ならわかるでしょう
警察の人々が
帰って守るべき ご自分の家族ではなく
津波で亡くなってしまった
大勢の家族の死に立ち会ってくれた人であることを
そして それは今でも続いていることを
遺体を間違えてしまうのが
もしかすると
自分であったのかもしれないということを
早く自分のもとに帰ってきて欲しい
早くご家族のもとに帰してあげたい
その思いで起きてしまった間違いを
誰のせいだと責められるのでしょうか
私は何度も母に問いかけていました
お母さん これでいいのが
これでいいんだよな
間違ってねぇよな
今でも 問いかけ続けています
私のお母さんは
人を責めることを望まない
人を恨むことを望まない
それをしたら
私は母の娘ではなくなってしまう
私は母にそう育ててもらったのです
遺体安置所で「人でなし」になった私でも
母の娘であり続けたいのです
遺体安置所で
私の寄る辺ない叫びを受け止めてくれたのは
その場にいた警察の皆さんです
あの場にいた人なら
その状況がどういうものかわかるでしょう
7年経とうが10年経とうが
これからも遺体の取り違え問題は出てくるでしょう
それが 大災害で亡くなるということの
ほんの一部 断片の出来事なのです
これは人が起こした間違いではないのです
災害が起こした間違いなのです
だから 災害で命を喪ってはいけないのです
個人的な意見なので聞き流してください
災害が起きる前に
希望者だけでもへその緒からのDNAを情報を
保存できるようにできないのでしょうか
亡くなった家族の遺体から
細胞をそぎ取ることが辛くてたまらないのです
火葬された遺体からのDNAでの診断は
証明することが非常に難しいそうです
いくら遺族が証明してほしいと願っても
それは不可能なことでした
あの時
母が自分の母である証明をするためなら
私の血でも肉でも骨でも
いくらでも持っていってほしいと頼みました
生きている人間が望むことなら
そうしてほしいと願うことも出来ますが
災害で亡くなった愛する人を
検査のためとはいえ
これ以上傷つけたくないのも事実です
とても難しい問題で
どうすることがよいのか分かりませんが
近い将来 最善の道が開かれますように
そう願ってやみません
出来ましたら
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皆様の大切な方とご覧ください_(_^_)_
#語り部佐藤麻紀