№171.H30.8.7投稿 「 愚痴 」
 
海が好きです
雄勝の海が大好きです
それなのに 津波のせいで
今は海のそばに長くいることが出来ません
あの津波の日のように
突然 姿を変えられてしまうのが怖いのです
 
震災から7年経った今
市や大きな街の中心部では 建物の復興が進み
震災以前のように整備されました
 
その一方で
被害が大きく 人口の少なかった浜辺の小さな町では
震災後の瓦礫を片付けた状態の道を
7年経った今
大きなダンプやトラックが土を運んでいます
 
先日 雄勝小中学校にお邪魔した際
私の生まれ育った実家のあった場所が
立ち入り禁止になっていました
 
工事用の信号が赤になり
しばらくその場で停車しましたが
胸が押しつぶされそうでした
そして今でも その状態が続いています
 
強制買い上げで泣く泣く手放した土地です
災害というものはこういうものなのだ
姿を変えざるを得ない土地なのだと
覚悟を決めて手放した土地です
 
わかっているんです
 
でも その立ち入り禁止になった実家の道路は
幼い頃 お祭りの夕方に
母が草履をはかせてくれた道です
手をつないで歩いた道です
母が背負って歩いてくれた道です
 
祖母と話しながら歩いた道です
祖父の手伝いをして 後ろについて歩いた道です
父と一緒にキャッチボールをした道です
弟たちと暗くなるまで遊んだ道です
叱られて とぼとぼ歩いた道です
私は ここで生まれ育ち
ここから嫁いだのです
 
その上に土が盛られていく様子は
私に土を飲み込むような錯覚を起こさせます
その様子を見た後から
何とか 普通の自分を保とうとしていますが
とてもとても苦しいのです 痛むのです
 
仕方がない 仕様がない
今 その意味を身をもって痛感しています
 
本当に手の出しようも 口の出しようもありません
 
切ない 悲しいでは表しきれない想いです
 
亡くなってしまった母と祖母の一部分が
まだそこにいるような気がするのです
 
震災から7年も経っているのに
どうしてこんな想いを繰り返さなければいけないのか
こたえの出ない想いで今はいっぱいです
 
命を守るためのお話しではなくなってしまうので
私の感情は書くべきではないと思いましたが
被災すると この様な事もあるというお話です
 
被災という現実は
自分の人生や心を どれだけ疲弊させるのでしょうか
読んでくださった皆さんには申し訳ありません
ただでさえ拙い文章なのに
筋道を立てて書くことが出来そうにありません
このまま 書き込ませていただきます
 

私の思いを綴った記事ですが
皆様のお心に触れる記事がございましたら
ご家族や大切な方々と
シェアをして頂ければ幸いです
どうぞよろしくお願い致します_(_^_)_
#語り部佐藤麻紀
#復興
#防災減災
#東日本大震災
#津波
#シェアをお願いします