№165.H30.6.12投稿 「 古臭い大人 」
自分の子供が生まれた時
ただただ 嬉しくて
何が何でも この子を守らなければと そう思いました
親らしいことの何が出来るかわからないけれど
自分が出来る限り守ってあげようと思いました
今 親という立場の皆さんも
そうではありませんでしたか
そして今でも そうではありませんか
誰だって 我が子が心配です
風邪をひいたり高熱を出したりしたら
それこそ 寝ずに付き添うことでしょう
例えば 小雨の中の避難訓練や
普段の通学路ではない道を使った避難訓練
「 うちの子は雨にぬれて風邪をひかないかしら 」
「 普段から丈夫な方ではないのに大丈夫かしら 」
「 訓練で歩く道は危なくはないのかしら 」
「 車の通る道を渡って訓練していいのかしら 」
「 学校の訓練は本当に安全なのかしら 」
そうです
親はいつでも子供のことが心配なのです
周りの人の目を気にして平気なふりをしていても
心の中では いつだって心配が尽きないものです
では
風邪をひくことや
事故や怪我をすることがこんなに心配なのに
災害で我が子が命を落とす危険性について
心配しない親が 果たしているのでしょうか
災害が起きて子供達の命が危険にさらされる
そのことを真剣に考えるのはとても恐ろしいことです
ましてや 我が子をそこに当てはめて考えるのは
親としてとても非常に残酷なことですし
そんなことは考えたくもないというのが親の情です
しかし 私が被災して痛烈に理解したのは
災害に対して人間の情は一切通じないということです
もちろん親の愛情も子が親を慕う気持ちも
災害には一切通じないのです
「 小雨が降っている中 訓練しても良いのだろうか 」
「 親御さんは様々な心配をしているはずだから 」
「 児童たちが誰もケガをしないように 」
「 地域の皆さんにご迷惑をかけないように 」
「 できるだけ問題点を出さないように 」
なぜ学校側は親御さんたちの気持を忖度した
避難訓練をしなければいけないのでしょうか
「 学校で行われる訓練のここが心配だけど 」
「 学校に聞くまでのことなのかしら 」
「 モンスターペアレントだと思われるのでは 」
「 過保護な親だと思われないかしら 」
なぜ親御さんたちは学校や周りの目を忖度して
学校に通わせなければいけないのでしょうか
古臭いお堅い考えは
命を守る取り組みの妨げでしかありません
「 だってこんなに心配なのよ 」
でしたら どうぞ
学校の避難訓練に協力者として参加してください
道端に立って 子供の様子を見てあげてください
普段子供たちが生活する場に行かなければ
本当の問題点も改善策も出てくるはずがないのです
「 子供達の命に責任が持てるか不安なんです 」
でしたら どうぞ
正直な気持ちを親御さんに伝えてください
先生方はパーフェクトではないと伝え協力を求めないと
学校という現場の中で 子供たちの目を
真っすぐに見てあげられなくなってしまいます
先生という職業にありながら先生ではなくなってしまいます
家にいる時の子供の責任は親
学校にいる時の子供の責任は学校
もう そんな震災前の古い古い考えでは
お子さんの命は守れないのです
お子さんが生まれた日からこれまでのことを
思い出してみてください
子どもたちが 初めて
「先生」と呼んでくれた日のことを思い出してください
周りの大人が真剣に向き合う姿をみて
子供達は成長していくのです
私も語り部で子供たちの前に立つたびに
恥ずかしくない大人でありたいと深く思うのです
命を守るための話し合いに
忖度はいりません
古臭い考え方はもういらないのです
いつも記事をシェアして頂き有難うございます
出来る限りシェアしてくださった皆様に
お礼のコメントを入れさせていただくのですが
設定上こちらからコメントできない場合があるようです
大変失礼ながらこの場にてお礼を申し上げます
本当に有難うございます_(_^_)_
#語り部佐藤麻紀