№157.H30.4.12投稿 「 震災後直面した復興 」
私は被災するまで
復興というのは壊れた町がもとのように
整備されることだと思っていました
東日本大震災以前の災害を
テレビで見ていたはずなのに
私は「 復興 」という
うわべのお題目しか知らなかったのです
私が震災後直面した復興は
災害で破壊された町に 再度人間の手を入れ
膨大過ぎる瓦礫を処理し
例え形の残っているものであっても
新しい町の計画の邪魔になれば壊すことから始まりました
津波の引いた翌々日
雄勝の町を歩いてみると見渡す限り
みんなが生活を共にしていた物の残骸であふれていました
それらは皆一様に津波にもまれ 泥だらけで
元の色や形を失い ごちゃごちゃに積み重なっていました
山の上を見上げれば ずっとずっと上の方に
冷蔵庫や ストッカー 布団や 壊れた家の一部が
木の枝や大きな岩に引っ掛かり ぶら下がっていました
自分の家のあった場所に立ち
辛うじて残った家の基礎を呆然と眺め
何でもいい 何か一つでも残っていないかと
探してみましたが あったのは
子供のお弁当用のフォーク一本と
バンドで使っていた小さくて重い機材が二つだけで
後は何もありませんでした
その辛うじて残った家の基礎が残っているうちは
ここに住んでいたという
証拠のようなものがある気がしていましたが
その土地も強制買い上げで
私達の手が及ばないものになってしまいました
津波が来るまでは 誰かの生活の一部だったものは
全て瓦礫と呼ばれるものになってしまいました
自分達の手元にあったはずの権利も
復興という名の下に手放すことを余儀なくされました
身を置ける場所を探さなければ
亡くなった家族を探さなければ
子供達や 年老いた家族を守らなければ
食べるもの着るものをどうにかしなければ
震災後を生きて行くための手続き
亡くなった家族に関わる手続き
土地を手放すための話し合い
ここに書ききれないほど いろいろなこと……
そのように様々な背景を背負ったまま
否応なしに前に進まなければいけないのが
災害後の被災者に突き付けられた
「 復興 」という名の現実です
震災から7年 私はこの7年を
自分達の生活を立て直すことに費やしました
人生の中の7年を復興という現実に費やしました
この時間は二度と戻っては来ません
被災して復興というものがなんであるか
復興という名の下に何が行われたのか
それを体感してしまった私は
復興という言葉の持つ意味が
震災前とはまるで変ってしまいました
災害の経験がない方から見れば
「 復興 」は ゼロから前に進むことかもしれません
少しずつでも前進している7年に思えることでしょう
しかし 被災した私の「 復興 」は
生活が破壊されたところから這い上がる
マイナスからゼロに近づける為の7年間でした
語り部でお話が終わると
「 普段は災害のことをあまり考えなかったけど…」
という言葉をよくお聞きします
皆さんにお会いすることが出来ないので
こうして当時からの現実を
私なりに記事に起こしていますが いつも思うのは
災害で実際にあったことを知らないということは
とても怖いことだということです
現実の伴わない知っている 解っているは
本当の理解ではないのです
災害は誰にでも起こりうることです
大切な人の命 ご自分の命
そして 災害後 皆さんの心を守るためにも
少しでも 災害の現実を知っていてください
私の思いを綴った記事ですが
皆様のお心に触れる記事がございましたら
ご家族や大切な方々と
シェアをして頂ければ幸いです
どうぞよろしくお願い致します_(_^_)_