№152.H30.2.28投稿 
「 あの日亡くなった人はどこに行ったのか 」
 
あくまでも 
私個人が感じていることです
 
あの日 突然亡くなって 
二度と逢うことが出来なくなった人たちは
いったいどこに行ってしまったのでしょうか
 
私の場合 母も祖母もよく夢に出てきます
夢の中で話したり 笑いあったり 一緒に作業をしたり
でも その夢の中でさえ 頭のどこかで
二人が亡くなっているという事だけは覚えていて
それでも寝ている間だけは安心していて
とても 暖かい気持ちになります
 
だからこそ
目が覚めてしまったときは
 「 胸の中心から内臓が全部引き剥がされるような 」
とでもいうのでしょうか
何とも表現しづらい苦しさを味わいます
 
母と祖母の夢を見るたびに
そのたびごとに 
二人が亡くなったと聞いたときのことや
遺体の取り違いがあった母を
血眼になって探し回ったことや
震災後ひどかった時期の想いが
混ぜこぜになって一気に蘇り
 「 行かないで!私も連れていって!」
そんな気持ちでいっぱいになります
 
もちろん 母と祖母についていくことは出来ません
目を覚ました私には 大切な家族がいるからです
 
私の母と祖母は 
星になったのではありません
風にもなりませんし
花や月にもなっていないように感じます
 
では どこに行ってしまったのでしょう
 
私も震災直後はわからなかったのですが
今ならはっきりわかります  
 
あの日亡くなった母と祖母は
私の中でちゃんと生きています
一緒に季節を眺めることも
顔を見ながら話し合うことも 
抱きしめ合うことも出来なくなってしまいましたが
母と祖母は 私の中でちゃんと生きています
 
例え身体がなくなっても
二人の心がなくなることはありません
決して愛する人の存在が「無」になることはありません
 
そう感じるのです
 
しかし そのことが解り切っている一方で
いったい私の何がそうさせるのか
逢いたい 話したい 抱きしめたい
母と祖母に触れたい そう願わずにはいられないのです
 
決して愛する人の存在が「無」になることはありません
しかし 私の心は強く欲するのです
 
母と祖母が亡くなったことに向き合い
いくら時間が経っても 
絶対に消えることのない想いなのです
 
この時期は特に 震災の特集番組が組まれ
中には辟易している方も多いことでしょう
防災減災に向き合う方々
まるで他人事のように思われる方
あれだけの大きな災害を経ても
人の考え方・感じ方は百人百様です
 
正直に言ってしまえば
防災減災に興味が無いとしても
それはその人の自由です
誰にも責められるものではありません
 
ですがそのような状態で災害にあった場合
きっと私のように愛する人を喪ってから
その時はじめて
際限なく自分を責め続けることになるのです
ご自分が亡くなってしまった場合は
それすらも許されないのです
 
どうか防災減災に興味が無くても 
いえ 興味が無いからこそ 
ご自分が絶対に喪いたくない人と
お互いに「 自分の命を守る約束 」
この最低限の約束を きっと実行してください
 
 
私の思いを綴った記事ですが
皆様のお心に触れる記事がございましたら
ご家族や大切な方々と
シェアをして頂ければ幸いです
どうぞよろしくお願い致します_(_^_)_
 

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