「 黙とうの合図が鳴らされる前に 」
 
遺体の取り違えで
既にお骨になった母が私の元に戻ってきたのは
母が亡くなった日から一か月たった 4月12日でした...
 
借り上げ住宅(みなし仮設)では
仏壇も何も用意できる状態ではなく
小さなテーブルに布を敷き
やっと手に入れた少しの花をコップに活け
白い布で包まれた四角い箱に向かって手を合わせていました
 
母のお骨が帰ってきたのに
いくら手を合わせても 母がそこにいる気がしません
心が伴わないまま ただただ手を合わせていました 
 
雄勝町のお墓に お骨を納める日に
私は父にお願いをしました
「 父ちゃん お願いあんだげっとも 」
「 んー なにや? 」
「 骨壺 開げさせでけろ 
    おら かあちゃんに逢いでんだ 」
げんこつが飛んでくる覚悟で一気に口にしました
( せっかぐ静がに寝でんのに 何言うのや! )
そう言って殴り飛ばされる覚悟でした
 
しかし 父は私を叱らずに
「 いい いい お母さんさ逢いでんだべ 
 奥の部屋で外がら見えねぇようにして 逢ってこい 」
そう言って 泣きながら横を向きました
 
奥の部屋の薄いカーテンを敷き 
夫と私 私の弟二人の4人でひざを突き合わせて座り
私の左手に 母のお骨を上げてもらいました
それまでは 母のお骨にふれれば
お母さんやっと会えたね 今までごめんね
そのような気持ちになれると思っていましたが
現実はまるで違いました
 
( これは何なんだべな 
  この白いのは 本当にお母さんなのがな )
 
しばらく手の上にのせられた骨をぼうっと眺めていました
 
どうしても どうしても
その白い骨が 生前の母と結びつかないのです
 
一緒にご飯を食べたり 
笑いあったり 叱ってくれたり
私を育ててくれた母の姿とは 
まるで結びつかなかったのです
 
私の頭は 母が亡くなったことを知っていますが
どうしても 心が納得しないのです
 
黙とうをすることに抵抗を感じます
私には 追悼の意味が解りません
 
いまはただ 
この6年間一緒に生きてきた
家族に感謝するばかりです
親を気遣い笑顔を絶やさない
子供たちに感謝するばかりです
お互いに支え合う生き方を教え支えてくれた
夫に感謝するばかりです
母が亡くなっても 死を選ばずにいてくれた
父に感謝するばかりです
 
亡くなってしまった家族や大切な人には
どんな言葉をかけても間に合いません
 
どうか
黙とうの合図が鳴らされるまえに
ご自分の大切な人と
一緒に生きていられるということの意味を
語り合ってください
今ならまだ 間に合うのですから
 
語り部をすると決めた時から
私の覚悟はできておりますので 
記事の内容に遠慮はしないでください 
出来るだけ多くの方のお目にとまりますよう
どうか シェアをお願いいたします

 

語り部佐藤麻紀