1. もう数ヶ月すると
    「 東日本大震災から6年経ちました 」 と
    3月11日が記念日のように
    報道されるのを目にするようになるでしょう
     ...
    「 私たちが正常であること 」について
     
    あまりの惨状に置かれた私たちは
    みんなそれぞれの地獄を目にしました
    これは 
    被災した私達にしか解らない生き地獄です
     
    生き地獄に身を置かざるを得なかった私達は
    自分の心が通常通りの人間の感情を忘れ
    亡くなった家族を探し
    命ある家族を守るため そのために
    唯々 息をしていたような時期がありました
     
    安置所に何度も通い母を探すうちに
    自分がおかしくなっているのが解りました
    優しさを失い 感謝を失い 思いやりを失くしました
     
    やがて 母が見つかり
    遺骨をお墓に収めた後 しばらくして
    ほんの少しづつ感情が戻ってきました
    人間らしさを失くした自分のことが
    情けなくなりました
    私はどうしてしまったんだろう
    なんでこんな気持ちになるのだろう
    卑屈な人間になってしまったのだろうか 
    もう 震災前の自分には戻れないのだろうか
     
    東日本大震災を経たことで
    何かの歯車が狂ったように
    自分の心が軋んでいるのが感じられました 
    これは 震災後私が自分の心を見つめて
    生きていくために 常に対峙している部分です
     
    被災経験のない人が
    私に聞こえないように こう言ったそうです 
    「 佐藤さんは 被災して心が病んでいるから・・・」
    後でそのようなことを言っている人がいたと
    教えて頂きました 
     
    この言葉を聞いたとき 
    不思議と怒りの感情はなく ただ笑っていました
    ( ああ わたしは正常なんだ )そう思いました
     
    被災して心が病んでいるという言葉には
    人間の正常な心の在り方が裏付けられていました
     
    つまり 東日本大震災の惨状を体験して
    平常心でいられる心の方が心配だということなのです
    あの生き地獄を抜けても
    震災前のような平常心のままでいられるのは
    むしろ心配すべき心の状態ではないでしょうか  
     
    被災者と呼ばれ 
    揺れ動く心と対峙し続ける人が大勢います
    皆 これ以上ないほど人間らしい人間です
    立ち止まり しゃがみ込んで 
    後ろを振り向く日があっても いつか必ず
    前を向かねばならないことを 知っているのです 
     
    被災した人の心を不憫に思ってくださるのでしたら
    その前に ご自分の立っている場所が安全か
    確認をするべきではないでしょうか 
     
    優しい言葉を忘れたふりをして
    問わせてください 
     
    被災した人間の気持ちの一端です
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    語り部佐藤麻紀