人をうらやむことは
同じ人間として
情けないことだと思うのです
「 ないものねだり 」について
被災する前は 普段の生活に不便を感じることなく
雄勝町で自然とともにある暮らしをしていました
しかし 東日本大震災で町は壊滅し
家は全壊流出
かけがえのない家族まで亡くしてしまいました
このような気持ちを書いてよいものか
私自身 迷いましたが
もし これから私と同じような経験をされる方がいるのなら
知っていて欲しいと思い 書こうと思います
大きな災害が起きた後
その被害の程度は 人によって様々で
被害がわずかで済んだ人
修理は必要だけれども自宅で避難生活できる人
残った自宅が危険なので避難所で生活する人
自宅が全壊流出して住む家が無くなった人
その中には家族を亡くしてしまった人が大勢いて
避難所や 身を置かせてもらっている親戚の家から
遺体安置所に通う生活を続けていました
混沌とした時間が流れる中
自分のものといえるものは 逃げる時に来ていた服と
仕事場で持ち歩いていた小さなバック一つ
箸の一本すらありません
それでも当時の私は
母と祖母が亡くなったことを知ったばかりであり
目の前には
日々憔悴していく老いた義父と義母
自分に身に何が起こっているのか
小さな体で一生懸命
受け止めようとしている子供たちがおりましたから
生き抜くということ以外
一切何も考えられずに行動していました
この頃の記憶は断片的にしか思い出せません
時間が経ち 周りの情報が入るようになると
沢山のものが目や耳に入るようになります
そうすると 次第に自分の被害の程度がわかり
周りの人たちの被害状況と比べて
自分たちよりも被害の少なった人のことを
うらやんでしまうことになりました
みんな被災して 誰もが大変な状況の中で
初めて心底 人をうらやみました
壊れていても住む家があるじゃない
浸水しても水が引いたら住めるじゃない
残った家から大切なものを持ってこれるじゃない
家が無くなっても家族がみんな揃っているじゃない
生きていれるんだからそれだけでいいじゃない
本当に 本当に 心汚く
ひねくれたことばかりを考えていました
本当に 人間として最低の感情で
そんな最低な感情を持ってしまった自分に
激しく嫌悪感を覚えました
きっと母が生きていてくれたのなら
こんな娘の醜い姿を見て悲しんだことでしょうね
そうこうしているうちに
「 それでも全壊流出だったひとはいいよね
何にも残ってないから
後片付けしなくってすむんだもの 」
そういう声がちらほら聞こえてきました
その声を聴いてからは
( ああ きっと誰もが同じなんだ
自然災害には あたり所がないから
人にあたりたくなるんだ
人にでもあたらないとやりきれないんだ )
次第にそう思うようになっていきました
尋常ではない災害の後
普段皆さんが持っているはずの倫理観や
常識 人を思いやる心 やさしさ は
角砂糖に水をかけたように
どろどろと簡単に崩れてしまいます
正気を保つのが難しいこともあるのです
どうか 知っていてください
あの日まぐれで助かった命たちが
これまで どんな思いを抱いて過ごしてきたのかを
決してきれいごとでは済まないのです
だからこそ
私たちのような思いをしてほしくないのです
こんな思いは私達だけでたくさんなのです
絶対にこちら側へ来てはいけません
被災した人間の気持ちの一端です
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