お盆の時期は 沢山の人が故郷に帰り
親戚が集まったり
懐かしい友達と逢えたりと
楽しく集うことができることでしょう
「 故郷がなくなってしまうこと 」
私が生まれ育ち
結婚後の生活を送っていた雄勝町は
青い海と 緑豊かな山に囲まれた
とても小さくて とても美しい町でした
今でこそ 石巻市と合併されましたが
以前は 桃生郡雄勝町でした
陸の孤島と呼ばれたほどで
都市部の生活とはかけ離れた
自然と共にある暮らしを送っていました
そのために 働く場所も少なく
多くの人が町外に職を持ち
この時期になると
家族とともに雄勝町に帰省してくるのです
なかなか会うことのできない懐かしい友達
離れて暮らしている家族
みんなが帰ってくるのが楽しみであり
町中が笑い声にあふれ 再会を喜びあい
とても賑わうお盆なのです
しかし東日本大震災から今までの5年間
町中が再会の喜びで溢れることはなくなりました
帰るべきふるさとは津波のために
かなり高い場所に立っていた建物や
頑丈な鉄筋コンクリートの建造物しか残らず
復興のために 平地に残った建物も撤去され
町のなかは 草はらと化し
土盛りされる途中の 赤土の高台が埃をあげています
震災後の雄勝町を訪れた方は
「 本当にここに家があったの? 」とおっしゃいます
震災直後 雄勝町の被害は あまりにもひどく
水の引いた町中を見てまわった時には
あの美しい町が見るも無残に破壊され
山のずっと上の方を見上げると
そこには 冷蔵庫やストッカーなどが
木の上部に引っかかり ぶら下がっていました
当時の雄勝町は言葉通りの陸の孤島
いえ あれは生き地獄
とても命をつなぐことができる状態ではありませんでした
家を失った ほとんどの人々が
移動できる状態になった時期を見計らい
町外に 避難していきました
雄勝町のみんなが 生きていくために
バラバラに散らばって 方々に避難していったのです
帰っても みんなが心を寄せ合い集える場所は
亡くなってしまった家族の名前が刻まれた
墓地にしかないのです
今日は 語り部で雄勝町に帰ります
あの日から 私にはお彼岸もお盆も関係ありません
雄勝に帰った際に 気が向くと
母の好きだったコーヒーを自販機で買い
お墓の前で一緒に飲むのです
お線香すら 準備していきません
私の母は 今 私の胸の中にいるからです
遺体の取り違えで 母の遺体を見ることもなく
お骨の状態での再会でしたから
頭で亡くなったことを理解はしていても
どうしても 私の胸の中がそれを許さないのです
どうか 災害の来る前に
突然いなくなってしまうことを
想像するのもためらわれるぐらい大切な方と
災害から命を守る方法を話し合ってください
私のように
亡くなった家族を供養することも出来ない
そんな思いを引きずって生きるような
重すぎる荷物を背負わないでください
被災した人間の気持ちの一端です
シェアしてくださる方がいらっしゃいましたら
ご自由にお願いいたします
また 必要と感じてくださる場合は
このページの記事を
大切な方と一緒に ご覧になってください

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親戚が集まったり
懐かしい友達と逢えたりと
楽しく集うことができることでしょう
「 故郷がなくなってしまうこと 」
私が生まれ育ち
結婚後の生活を送っていた雄勝町は
青い海と 緑豊かな山に囲まれた
とても小さくて とても美しい町でした
今でこそ 石巻市と合併されましたが
以前は 桃生郡雄勝町でした
陸の孤島と呼ばれたほどで
都市部の生活とはかけ離れた
自然と共にある暮らしを送っていました
そのために 働く場所も少なく
多くの人が町外に職を持ち
この時期になると
家族とともに雄勝町に帰省してくるのです
なかなか会うことのできない懐かしい友達
離れて暮らしている家族
みんなが帰ってくるのが楽しみであり
町中が笑い声にあふれ 再会を喜びあい
とても賑わうお盆なのです
しかし東日本大震災から今までの5年間
町中が再会の喜びで溢れることはなくなりました
帰るべきふるさとは津波のために
かなり高い場所に立っていた建物や
頑丈な鉄筋コンクリートの建造物しか残らず
復興のために 平地に残った建物も撤去され
町のなかは 草はらと化し
土盛りされる途中の 赤土の高台が埃をあげています
震災後の雄勝町を訪れた方は
「 本当にここに家があったの? 」とおっしゃいます
震災直後 雄勝町の被害は あまりにもひどく
水の引いた町中を見てまわった時には
あの美しい町が見るも無残に破壊され
山のずっと上の方を見上げると
そこには 冷蔵庫やストッカーなどが
木の上部に引っかかり ぶら下がっていました
当時の雄勝町は言葉通りの陸の孤島
いえ あれは生き地獄
とても命をつなぐことができる状態ではありませんでした
家を失った ほとんどの人々が
移動できる状態になった時期を見計らい
町外に 避難していきました
雄勝町のみんなが 生きていくために
バラバラに散らばって 方々に避難していったのです
帰っても みんなが心を寄せ合い集える場所は
亡くなってしまった家族の名前が刻まれた
墓地にしかないのです
今日は 語り部で雄勝町に帰ります
あの日から 私にはお彼岸もお盆も関係ありません
雄勝に帰った際に 気が向くと
母の好きだったコーヒーを自販機で買い
お墓の前で一緒に飲むのです
お線香すら 準備していきません
私の母は 今 私の胸の中にいるからです
遺体の取り違えで 母の遺体を見ることもなく
お骨の状態での再会でしたから
頭で亡くなったことを理解はしていても
どうしても 私の胸の中がそれを許さないのです
どうか 災害の来る前に
突然いなくなってしまうことを
想像するのもためらわれるぐらい大切な方と
災害から命を守る方法を話し合ってください
私のように
亡くなった家族を供養することも出来ない
そんな思いを引きずって生きるような
重すぎる荷物を背負わないでください
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