例えば 大きな地震が起きたら
例えば 大きな津波が来たら
例えば 大きな災害が発生したら
人間とは こんなに小さなものなのですね
 
「 想定外 」について
 
想定は推定と似て非なるものです

想定は 例えば~とするならば
実際はそうならないかもしれないけれども
こうなるのではではないかという考え方です

推定は これまでの事実が~だったからこうなる
過去の資料や事実に基づいて考える方法です
 
東日本大震災が起こったとき
これまで考えられてきた規模を
大きく超えた大災害であったために
頻繁に「 想定外 」という言葉を耳にしました
 
私も被災前であればその言葉を
素直に受け取ったことでしょう
しかし 被災者となりその言葉を聞くたびに
 
自然の中で起きることは 
人間の頭の中で想像しきることは出来ないのだ
強くそう実感し
それ以来想定外という言葉に反感を覚えるのです
 
津波に追われて逃げた時 自分の死を覚悟する中で
世間一般に言われている 
これまでの人生が走馬灯のように・・・・ 
などということは全くなく 
 
心臓の鼓動が早すぎて それでも逃げようと
必死で手足をバタつかせ石垣を掴みながら
不思議と どこか冷めている頭の中で
こんなことを思っていました
 
あぁ 死んでしまうんだな
死ぬときってこんなに突然なんだな
人間なんて こんなに小さいものだったんだな
水に巻かれるアリとおんなじだ
地球がひっくり返って来たんだもの
 
想定という言葉は便利な言葉です
社会的信用のある誰かに
「 これぐらいの災害になるでしょう 」
そういわれると 
「 そうかこれぐらいか! 」という様に
気持ちの中の不安要素を消してくれるからです
 
しかしそれは 大きな落とし穴なのです
 
「 これぐらいで大丈夫! 」という安心感は
災害時にその想定を超えたものが来た時に
「 これぐらいで大丈夫っだったはずなのに!! 」
という危険な変化を遂げるのです
 
災害時「 命を守るため 」の大前提は
 
常に最大級の避難を実行すること
避難できるうちに 即避難すること
逃げれるだけ逃げても
災害の規模が小さく済んだのならそれで良いのです
想定はあくまでも人間の考えられる範囲でしかないのです
 
普段 人間に恩恵を与えてくれる自然も
災害時には たやすく人間の命を奪ってしまいます
どんなに科学が進歩しても
人間が自然を思いのままにする事は絶対に出来ません
 
私達が 今立っているこの地面が
その自然そのものなのです
 

被災した人間の気持ちの一端です
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