震災後 これまでの生活が一変したように
様々なものが 変わってしまいました
 
「 私が語り部を急ぐ理由 」について
 
震災後 生活がなんとか普段通りに回り始めた頃
夫が会社に行くことが嫌でした
子供が学校に行くことが嫌でした
もう 帰ってこないかも
「 行ってきます 」「 行ってらっしゃい 」
その言葉が 最後になってしまうのかもしれない
今朝見た姿に 二度と会えないかもしれない
毎朝 そう思いながら送り出していました
今でも そうです
 
これまでの生活の残骸を処理し
今後の生活を立て直すために 沢山の書類を書きました 
生活用品が揃っていない借り上げ住宅で
書けなくなった字を必死で思い出し
指先にその字の形を伝え 
何度も間違えて何度も書き直し 書面はごちゃごちゃです
その書類を申請しに あちこちの窓口に並びました
 
家族で住める家を何とかしよう 
母と祖母の遺体のことも何とかしなければいけない
そう思い 新潟の親戚に家族をお願いし
私たち夫婦だけで石巻に残りました
 
震災後一か月ほど お世話になった叔父の家から
借り上げ住宅に移ったその日
身の回りのほんのわずかな品を運び
何とか買ったばかりの電子レンジで
叔父が持たせてくれたカレーを温めて食べようとしたら 
スプーンも皿もなくて もちろんテーブルもなくて
 
それでも 物を口にできることが嬉しかった
時計を見て 時間がわかることが嬉しかった
手を洗うことが出来るのが嬉しかった
同じ思いで 生きていてくれるのが嬉しかった
 
人間の命というものは 分からないものです
いつ何時 突然 絶えてしまうかもしれません
そのことを痛感しています
ですから 生きている限り語り続けることはもちろん
生きているうちに 災害の真の恐ろしさを伝え 
より多くの方に知っていただきたいのです
そして もしもご自分が被災されたときに
少しでも被害を減らしていただきたいのです
 
皆さんの生活が ある日を境に 
一変してからでは遅いのです
大切な人の命と引き離されてからではいけないのです
遺体安置所に家族を探すために
毎日足を運ぶようになってからでは間に合わないのです
 
命には限りがあるのです
 
いつも 沢山の方に記事をシェアしていただき
本当に心強く感謝の気持ちでいっぱいです
おかげさまで 私がお会いした事のない方にも
災害の姿を 恐ろしさを知っていただくことが出来ます
心より お礼を申し上げます
有難うございます
 

 被災した人間の気持ちの一端ですが
シェアしてくださる方がいらっしゃいましたら
ご自由にお願いいたします



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