ぼくがヨーロッパに行って、ミュンヘンのアルト・ピナコテークで、たぶん28歳のデューラーの自画像を観てたとき、
「これは、キリストだよね!」
デューラーは、自分をキリストとして描いて大丈夫?
だって正面を向いている自画像なんて、それまで、キリスト以外に描かれてない。
サルトルが『嘔吐』のタイトルとして考えていた《メランコリアⅠ》も、デューラーは親しい友人にしかプレゼントしていない。
なんか、危ないよね!
三島由紀夫は、そういう危なさを当たり前として、さらに歩を進め、自決。
こうして世界の三島由紀夫となりましたが、…