今こそ読み返したい国際通貨制度史 | Pull Myself up by My Bootstraps!

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タイトルは、統計学におけるBootstrap(現実のデータを基に、
現実と異なるショックが起きた場合のデータの振る舞いを分析する方法)の語源
「自分のブーツの紐を引っ張って足を上げる」→自分の置かれた環境を自分の努力で変える、という意味です。

Globalizing Capital: A History of the Internati.../Barry J. Eichengreen



カリフォルニア大学バークレー校の経済史研究者であるBarry Eichengreenの1996年の著書、Globalizing Capital: A History of International Monetary Systemです。

もうおよそ20年前の本になってしまっていますが、国際通貨制度すなわち為替レートに関する制度の歴史について、奥の深い洞察を提供する良書です。

日本語訳は高屋定美訳『グローバル資本と国際通貨システム』としてミネルヴァ書房から出版されています。

グローバル資本と国際通貨システム (Minerva21世紀ライブラリー)/ミネルヴァ書房


さて、1990年代半ばの本ですので、主題は

1. 第二次世界大戦後のブレトンウッズ体制の崩壊による固定相場制から変動相場制への移行の要因を探りつつ

2. 当時着手されつつあった欧州通貨統合の試みについての展望を示す

というものですが、戦前の国際通貨制度である金本位制に基づく通貨管理体制が機能した要因にまで遡りながら、一つの大きな視点を軸に分析がされているのが特徴です。


ブレトンウッズ体制とは、主要国通貨の相場を米国ドルに対して固定し、急激な国際収支の悪化により固定相場を維持することが困難となった場合に一定の幅で固定相場の調整を許容するという、「調整可能な固定相場制」(Adjustable Peg)です。

これは、第二次大戦後、欧州各国の戦後復興が急務とされる中で、為替レートを安定化させ、国際貿易を促進するための制度としてアメリカが主導して採用されたものです。

為替相場を固定しこれを維持するための手段として、貿易や実物投資の決済の手段としての取引を除く国際間の資本取引に対する管理・規制がセットとなっていました。


しかし、こうした資本管理は、国際間の経済取引が活発化し、巨額の資本取引が行われるようになると非常な困難を伴います。

広く共有されている認識では、各国政府が民間経済主体による国際間の資本取引を規制することが不可能なまでに国際資本取引が活発化した結果、1971年の「ニクソン・ショック」による体制の崩壊がもたらされたとされています。


しかし著者はこの歴史の解釈に対して、一つの疑問を投げかけています。


・ 戦前の国際資本取引は現代にも比肩しうるほど活発であったのに、なぜ金本位制という「固定相場制」がなぜ上手く管理できていたのか


著者が19世紀後半以降の歴史から見出す一つの視座は、政策を取り巻く環境の政治化(Politicization of the policy environment)という現象です。


すなわち、19世紀と比較すれば、20世紀は財産や納税額、性別に基づく制限選挙から誰もが投票権をもつ普通選挙への移行の世紀として捉えることができます。

この過程で、経済政策(とりわけ金融政策)が影響を及ぼす雇用環境に対して直接利害をもつ一般労働者の投票権が拡大していき、彼らの声が政策に反映されるようになっていく

これが政策環境の政治化です。

一般人が政治的権利をもたなかった時代には、政策当局は固定為替レートを維持するために必要と判断すれば、躊躇なく金融政策を通貨防衛のために発動することができた

具体的には、固定相場の崩壊を予想し、自国の通貨に対する売り浴びせを行う投機の動きに対して速やかに金利を引き上げることですが、これが雇用環境を悪化させることを、政策当局は特段気にする必要が無かったということです。

ところが、現代社会ではこうはいきません。金融政策が政府から独立して政策決定を行えると言っても、例えば米国の連邦準備制度が一番ハッキリしていると思いますが、政策内容を自立的に決定できるとしても、政策の目的として「完全雇用の実現」が法律によって与えられています。

著者は、普通選挙制度が浸透していった戦間期に、金融政策が対外的な目標(通貨価値の維持)と国内的な目標(雇用の最大化)とのジレンマに直面するようになったとし、これが自由な資本移動の下で国際金本位制を維持することを困難たらしめた要因の一つとしています。

戦後の通貨体制の下では、政治から超然とした政策運営の代わりに、資本取引の管理によって通貨価値を外的なショックから隔離するという方策が採用されたわけですが、資本移動が活発化して実効的な規制が困難となるや、通貨当局の行動が信認(credibility)を失うことは戦間期の経験からも明らかであり、固定相場制度の維持に対する信認の喪失が実際にブレトンウッズ体制の崩壊を招いたというのがこの本の大きなストーリーです。


とはいえ、為替レートの変動が貿易を始めとする経済活動にとってどの程度悪影響を及ぼすのかという点は、各国で異なりうると思います。

ざっくりと言えば、著者は

・ 米国や日本のような、経済活動全体に対して国際取引が占める割合が小さい経済大国では、為替レートを固定することの便益がそれほど大きくないので、変動相場制を維持し続けるだろう

・ 他方、為替レートの急激な変動が国際貿易・投資を通じて国内経済に大きな混乱をもたらしうるような小国では、周辺の大国に対して為替レートを固定することの便益が大きく、固定相場を維持するためのコストが受忍できるものと認識される結果、固定相場制が維持されることが考えられる

という展望を示しています。



翻って現在。

ギリシャの債務問題をきっかけに揺れ動く欧州通貨制度ですが、ヨーロッパは大国と小国が混在している、あるいは大国と小国の中間に位置している国が多く、このEichengreenの二つの展望の分水嶺に当たるのではないでしょうか

現代の通貨制度の問題を考察する上でも、非常に読み応えのある本だと思います。