成績上位層が理Ⅲを始めとする医学部に進学することにたいして、批判というか個人的見解を語る方(そのほとんどが大人、なかでもお節介な「おっさん層」とおもわれる)がいらっしゃいます(念のため、理Ⅲは医学部ではなく、成績しだいでしんぶりでどこにも進学可能な教養学部に属しています)

 

理由はいろいろあります。なかでも、医学部進学が学力誇示の手段に化してしまっているとか、優秀層がこぞって医師に向かう風潮は社会的な損失になっているとかが、主だったとこでしょう。

 

 

このような言説を目にするたびに、いつも違和感を抱きます。

 

そもそも、職業選択は個人の自由であって、赤の他人の容喙するところではありません。ほっといたれよ。

 

また、「社会的損失論」について、確かにそこに一理がないわけではないと思います。しかし、それを他ならぬ「大の大人」が言うのであれば、せめて社会の側がそうした「優秀層」に医師以上の社会的地位と、それに見合う経済的価値を用意してから言うべきではないでしょうか。自らが果たすべき大人としての最低限の責務を棚に上げ、18歳前後の若者に説教じみたご高説を垂れる傲岸さというか無責任さは、滑稽を通り越して情けなく感じます。

 

灘はその権化のように語られますが、最優秀層が皆理Ⅲを目指すわけでは決してありません。トップ10は成績的にはほぼ確実に理Ⅲに行けます。しかし、理Ⅰを選択する生徒が半数近くになることもあります。トップ10層の医師志望であっても、東京に行くことに合理性を見出せず、京医を選択する傾向がここ2・3年はとても強いようです(医学部の雰囲気的にも厳しさ的にも灘生には京医のほうが肌に合うとも言われます。部活の先輩からそういう情報を仕入れたりしているようです)。また、誰もが認める飛び切り優秀な生徒が、文系に進路を取ることもあります。ちなみに当初文系志望者であっても文系科目に挫折し、やむなく「理転」してそれを成功させる生徒も、この学校には現に存在します。

 

オンライン上で「社会的損失」だとか、「理系が文系が」だとかでお説教を垂れるどこぞのおっさんよりも、年端もいかぬ生徒のほうがはるかに柔軟で、よほどしっかり考えています。