世の中が、公平であるはずがない。
容姿に恵まれてる人・いない人。
家柄が良い人・良くない人。
才能に恵まれている人・いない人など。
成績や能力を公平に評価する方法などこの世には存在しない。
成績も能力も「自分が高く評価される基準」こそが
公平であると、みな思っているから。
要するに「人の数だけ」公平さは存在するので、
私たちが持ち出す公平さは所詮
「自分にとって都合のよい公平さ」でしかない。
これを自覚している人は、公平などという言葉は簡単には使わない。
「善と悪」という概念も同様で、
自分にとって都合が良い、悪いと言えば、
明らかに「自分にとって」という主観であることがわかります。
人生は「不公平」にできている。
だから「努力は無駄で意味がない」のではなく、だからこそ、
与えられた「公平でない環境」の下で、努力することに意味がある。
そして、努力の成否は
「他人と比べて結果がよかったかどうか」ではなく、
比較対象は「努力しなかった自分」
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