読書の秋ですね。
自分の本棚から、「アーユルヴェーダの知恵」高橋和己ー講談社現代新書を取り出して読んでみました。
今まで、アーユルヴェーダ関連の本を、それなりに読んだことはあったのですが、今回は、以前に読んで、今一つ、ぴんとこなかったのが、あぁ~なるほどとわかる所が、結構ありました。
本も読む時期によって、自分がどこに興味があるのか、違ってくるんですね。
前に読んだ時には、ヴァータ、ピッタ、カパのどのタイプが自分に当てはまるかという所に焦点が当たっていたと思います。
シェアしておきます。
アーユルヴェーダとは
世界の三大伝統医学の一つ。インドの伝統医学です。起源は、不明ですが、現存している文献で最も古いものは、「チャラカ・サンヒター」で全8巻120章の大部のものです。一人の人が書いたというものではなく、長い間に集められて、現在残っている成書は、紀元6世紀ころのものですが、紀元前8世紀ころまでさかのぼれるといいます。ブッダは、紀元前6世紀に活躍した人ですが、アーユルヴェーダを、病気の治療や、悟りを開く為の養生法として、もちいました。
中国伝統医学は、紀元前2世紀ころの成立、ギリシャ医学の祖ヒポクラテスは、紀元前5世紀の人ですから、成立は、アーユルヴェーダが一番古いという事になります。ギリシャ医学の4体液説は、アーユルヴェーダのドーシャ学説がもとになっているという説があります。
ドーシャ 物質的な存在の背景にあるもの
そうそう、、アーユルヴェーダの本には、3つのドーシャの話が出てくるのですが、これが良くわかりませんでした。
ヴァータ、ピッタ、カパです。それぞれの性質のどれが多いのか、それによって、健康法が異なります。
まぁ、読み方が浅かったので、自分がどの体質に当たるのかも、はっきりしませんでした。
ところが、今回読み直したときに、この本には、もう少し深い事が載っているのに気が付きました。
「ドーシャは目に見える物質ではない]とあります。おぉ、そうだったんですか!
ドーシャとは、「濁り」を意味するのだそうです。
p.62
この章の初めで、私はドーシャが「濁り始めたもの」を意味すると書いた。
非物質的、非具象的で純粋な質であるものが、物質的、具体的なものへ変換されていく、その力をつかさどっていく「力」がドーシャである。
ドーシャは非物質と、物質を媒介する点で働き、透明な非物質の質をさまざまなものがまじり合った眼に見える物質に変えていく力である。
つまりドーシャという言葉は、この物質化の過程を濁りの過程として象徴しているのだ。
アーユルヴェーダは、3つのドーシャの奥底に宇宙の構造があり、さらにその奥には私たちの意識を支えている究極の存在である「大我(The Self)」そのものがあると教えている。
この意識こそがもっとも純粋なものであり、そこから宇宙は発する。
その過程で私たちの個別の意識が生まれ、ドーシャを介して個別の肉体と生理機能が動き出すのである。
引用終わり
単なる健康法ではない、もっと深い哲学がありそうです。
当分、このテーマで続きそうです。