京都の茶道具を中心に扱う古美術商「中西松豊軒」がプロデュースしたホテル「ART MON ZEN KYOTO」
三月は桜づくしの名品を観せてもらえるということで、満開の桜が咲く華やかな平安絵巻を期待して来館しましたが…
ところが、平安の桜は…金屏風の左端にポツンと一本だけ???
奈良時代の万葉集で花といえば、桜よりも萩や梅だったらしい…
平安時代になって、やっと桜がクローズアップされてきますが、
有名な吉野山の桜も、当時は花と葉が同時に生える地味な山桜で、本数も今ほどではなかったらしい…
花が一斉に咲き誇るソメイヨシノが品種改良によって作られたのは江戸後期になってから~~~
この華やかな茶碗は昭和の名工永楽即全による新しい図柄
江戸の中期に焼かれた「古清水(こきよみず)の徳利」は、青と緑の色合い
青系の染付けは、元々中東の顔料によって中国の元の時代あたりに生まれたもので、日本にも伝わりました。その後、明末には次第に色絵の派手なものが流行し、青い色彩は少なくなる…しかし、日本ではその後長く200年以上も地味な青系の焼き物が好まれました。
野々村仁清以降、赤絵というものはあったらしいのですが、かなり高価なもので数が少なかったようです。
夜桜塗の棗(なつめ)の蒔絵は、柳に夜桜の風情
今のようにイルミネーションや音楽があるわけではなく、かがり火の中で静かに鑑賞したらしい。
夜桜塗秋草蒔絵の箱の後ろにあるのは黒一色のしぶい棗????
ところが実は目に近づけて角度を変えながらよく観察すると、桜のレリーフがかすかに浮かび上がる…
写真ではうまく写せませんが~~~
日本人ならでは細やかで渋い花見には感銘を受けました。
今回の作品自体は昭和の初期のものなのですが、千利休の養子千小庵の好みでこのような趣向が生まれたとのこと。
キリスト教文化の西洋では黒は不吉な色としてあまり好まれませんでしたが、この2,30年では「漆器はクール」ということで欧米ても人気上昇中らしい。
幕末になると、ようやくこのような伊万里焼の花びら型の赤絵も普及したらしい…
そして、第二次世界大戦後の高度成長経済の時代に、ソメイヨシノが日本中の川の土手べりなどに植えられてから、今の花見のスタイルができあがっていったようです。
たまには、室内で古風な花見もいいかもしれませんね。







