「今日からここが私の通う学校、かぁ。」

 

校門の前でしみじみと呟く。

同時に、春の風が私の頬を撫でていくのを感じた。

 

「よし。」

 

気合いを入れるかのように小さく呟き、元気よく校門を抜けた。

 

*****

 

教室に入って見ると、もう女子たちのグループがいくつか出来ていた。

 

早いなぁ、入学式昨日だったのに。

 

なんて感心しながら自分の席にカバンをおろした。

 

別に友達いるっていいなぁって僻んでるわけではない。

その証拠に。

 

「お!綾じゃん、おはよ!

今日からいきなり授業だなんてだるすぎだわぁ。」

 

頭をワシャワシャしながら言うこの子は、

前の席の 清水 翠(しみず みどり)。

昨日知り合ったばかりの女の子で、

出身中学も違う。

私と同じショートカット。

一言で言うとサバサバ系女子で、

なんだか馬が合いそうだと、一目見て分かった。

 

「しゃーないよー。

まだ春休み気分抜けないけどね。」

 

「それすごく同感。

まだ勉強する頭に戻ってないわ。」

 

二人でうんうんと頷く。

翠がふと思い出したように口を開いた。

 

「あ、そういや今日剣道部の部活見に行く?

確か部活動見学できる日だし。」

 

「え!そーなの?

行く行く!」

 

なんと私たちには意外な共通点があり、

それはお互い、元剣道部だったこと。

部活は元から剣道部に入ると決めていたけれど、

女子高校生が剣道部かぁと少し迷いもあった時、

翠が元剣道部だったことをきっかけに

剣道を続けることを決意した。

 

「ここの高校の剣道部って人数何人くらいいるのかな。」

 

「ああ、確か…。」

 

私がたずねると、翠はうーんと唸りながら指折りで数えていった。

 

「3年生がいなくて、

2年生が男子3人女子2人…だったかな。」

 

「ふーん。……え?」

 

嘘でしょ‼︎

剣道ってそんな少人数でやるものなの⁈

第一3年生がいないなんて今までどうやってやってきたんだろう…。

 

あまりにも驚きすぎて、開いた口が塞がらない。

きっと、中学の時無駄に人数の多い環境の中でやっていたからだろう。

 

「まあそれも仕方ないよ。

中学の時はあんなに多かった剣道人口も、

高校に上がったら途端に減るんだとさ。

中学の先生が言ってた。」

 

「そっか。

じゃあ、なおさら頑張らないとね‼︎」

 

「そうだね。」

 

小さくガッツポーズをする私を見て、

翠は少し笑った。

 

*****

 

だるかった授業も終わり、放課後になり、

約束通り翠と道場へ向かった。

 

道場に着くや否や大きな声が聞こえてきて、

期待が胸で高鳴った。

 

中へ入ってみると、

雰囲気は弦のように張りつめ、まさに真剣そのものだった。

人数が少ないから、もっとゆるゆるかと思ったのに…。

 

すごく、かっこいい。

 

「やっぱり高校の剣道は中学とは一味違うね。」

 

隣にいた翠も同じことを思ったらしく、そう呟いた。

 

「そうだね。」

 

また先輩方の方に目線を移すと、

1人なんだか、次元が違うような凜とした雰囲気を持つ

男子先輩がいた。

どうやら、部長のようで大きな透き通る声で指示をしていた。

 

あの人って…。

 

「県代表選手の

上条 楓(かみじょう かえで)?」

 

「お!よくわかったね。

さすが綾。」

 

いや、さすがも何も、

中学時代有名だった上条先輩がこの学校に?

 

「上条先輩って中学の時、稽古中に大怪我しちゃったみたいで、

そっからしばらく剣道ができなくなったらしい。

そのせいで、推薦も来ず、家から近いこの学校に来たんだってよ。」

 

「怪我?」

 

推薦も来なくなるような大怪我って相当ひどかったんだろうか。

でも、それならなんで今稽古できてるんだろう…。

 

「詳しいことはわからないけど、

ほら見て、足の動きが少し不自然でしょ。」

 

そう言われて目を凝らしてじっと見てみると、

確かに少しかばってる感じがする。

抜ける時のスピードも少し遅い?

 

「これでも回復したみたいだよ。

だから部長も務められるんだろうし。」

 

「そう、なんだ。」

 

少し目の前が揺れる感覚と同時に、

熱を持ったように胸が熱くなった。

 

*****

 

道場を後にして、翠と一緒に駅まで向かった。

 

「もう日が暮れちゃったね。」

 

少し薄暗くひっそり月が出ている空を見上げた。

 

「あっから長いこと道場にいたもんね。」

 

「ああいうの見てると、なんだかウズウズしちゃうよね。

早く参加したなぁ。」

 

「綾は、努力家って感じするもんね。

そういうとこ見習うよ。」

 

はは〜っと大げさに腕を上下させる翠。

 

「やめてよ、恥ずかしいな。」

 

あははっと笑って電車に乗り込む。

 

*****

 

翠とは駅が違うため電車の中でお別れ。

 

1人とぼとぼと家まで向かった。

ちょうど小さな公園の横を通りかかったところで

もう一度空を見上げてみた。

 

さっきよりも月がくっきりと出ている。

なんとかこの高校でも、やっていけるかな?

深く息を吐き、目線を公園の方に移すと、

ベンチに一人腰掛ける男の子がいた。

彼は、カメラを手に持ち、空をぼうっと見ていた。

 

高校生?

しかも同じ学校の制服…。

なんでこんな時間に公園のベンチに一人で座っているんだろう。

 

なんだか不思議に思った。

こういうのを放っておけないのが私の性分であり欠点である。

そっと近くに行き、大丈夫ですか?と声をかけようとしたその時。

私は息を飲んだ。

 

さらさらと風になびく黒い髪。

整った鼻筋。

少し微笑んだ口元。

そして、薄く閉じた瞼から

月の光に照らされながら

一筋の涙が頬を伝う。

 

そう彼は、

泣いていたのだ。