日本古典文学の傑作「源氏物語」を読み始めた。岩波文庫版の原文を読む。まずは「桐壷」を読了。注釈を加えながら読めば凡その意味は理解できる。日本語の素晴らしさ。thepasttalksとは英国の歴史家EHカーの言葉だが、古典文学を読むと過去との対話をしている気持ちになるから不思議だ。源氏物語全54帖を読む。古文に触れるのは実に大学受験以来のこと。千年前の古典。簡単には読解不能だ。原文表記の岩波文庫版と現代語表記の講談社文庫版を平行して読む。時間の限られた社会人にはこの方法が楽だ。今朝は雨夜の品定めという若君達の女性談義の場面で知られる2帖の「帚木」を読んだ。源氏物語第2帖「帚木」。平安貴族の恋愛観がよくわかる。当時の貴族は朝早く宮中に出仕しお昼前には仕事を終え、午後は教養を磨くことに精を出し、日没ともに寝てしまったそうだ。枕草子や源氏物語を読むと 貴族は皆まるで常に宮中で生活していたような錯覚に陥るが宮中はあくまで仕事の場であった。源氏物語第3帖「空蝉」を読んだ。光源氏の華麗な女性遍歴の中には、人妻に見事に振られる苦い経験もあった。そしてそうした火遊びが結果的に悲劇のヒロイン夕顔に嫉妬に狂った六条御息所の生き霊が襲いかかり悲しい結末を迎えることになる。ホラーめいた第4帖「夕顔」に進む。岩波文庫版源氏物語第4帖「夕顔」を読了。第2帖帚木の中で源氏の親友頭中将が雨夜の品定めの際に語っていた女性が実は夕顔だった。夕顔は源氏との逢瀬の最中に物の怪に襲われ不慮の死を遂げる。夕顔には頭中将との間に女児玉鬘がいた。後に物語の重要な人物となる。明日は第5帖若紫を読む。岩波文庫版源氏物語第5帖若紫。源氏と紫の上の北山のひなびた山里での出会いのシーンや紫の上を引き取って思い通りの女に育てようと願う源氏と育ての親とのやりとりから一転し、父の桐壺帝の後妻の藤壺の女御と母子相姦をして義母である藤壺の女御を妊娠させてしまうという凄まじい事態に急展開する。岩波文庫版源氏物語第5帖若紫を読了。当時の貴族世界の恋愛の自由さに驚く。10歳にもならない少女若紫に恋をして、育ての親が亡くなると、離れて暮らす少女の父親が引き取りに来る前に強引に自分の邸に連れていってしまう場面。乳母も一緒なので誘拐ではないがそれにしても凄い源氏の行動力である。岩波文庫版源氏物語第6帖末摘花に読み進む。没落し荒れた住まいに寂しく住む末摘邸の姫に興味津々の光源氏の積極的な求愛行動という点ではこれまでと同じ。だがこの姫はあまりにも内気で容姿も酷く醜いことを知った源氏は…というストーリー。このあと源氏がこの不細工な姫をどう扱うのか興味津々。岩波文庫版源氏物語第6帖末摘花を読了。末摘花とは紅花を指す。亡き常陸宮の姫君はとても内気で容姿は胴長で象のような鼻を持ちその先が紅花のように赤い何とも異様な風体のお顔だった。その上貴族のたしなみの短歌の素養もなくオシャレも全く疎い有り様。唯一の救いは彼女が鷹揚な性格だったことだ。源氏の君は絶世の美男子だが、女性の好みは変わったところがあり、すぐ手に入る恋に無関心な反面、得難い相手には熱をあげる質である。人妻、義理の母、侘しい山里の名もなき娘など…末摘花も誰も関心を持たれない姫であることに逆に興味をもち接近し事実を知り驚くも決して見捨てはしない度量がある。岩波文庫版源氏物語第7帖紅葉賀を読了。天皇の中宮藤壺宮が源氏の子の男児を出産。源氏にそっくりの子の容姿に二人が悩むところは切なすぎる。幼い紫の上とままごと遊びをする源氏の姿が目に浮かぶ。その一方大年増の典侍にちょっかいを出し、義兄弟の頭中将が負けじと参戦しじゃれ会う姿がおかしい。岩波文庫版源氏物語第8帖花宴を読了。光源氏のプレイボーイぶりが際立つ。何しろ東宮(皇太子)の嫁入り相手となる予定だった右大臣の六の宮(朧月夜)を天皇(桐壺帝)の御前で開かれた夜桜見物の後、犯してしまう。当時の貴族社会は一夫多妻の妻問婚だったことを差し引いても、その絶倫ぶりは凄い。岩波文庫版源氏物語第9帖葵を読了。源氏の正妻の葵が妊娠。だが悪阻に苦しむ中祭り見物に連れ出された挙げ句源氏の愛人の六条御息所との車争いに巻き込まれ御息所に大恥をかかせ恨みを買い、御息所の生霊に取りつかれ夕霧出産後死んでしまう。後半は思春期に目覚めた紫の上の源氏への心の変化を描く。岩波文庫版源氏物語第10帖賢木を読了。源氏の父桐壺帝が亡くなり、喪に服す中で、恋しい義母藤壺の女御が出家してしまう。源氏は紫の上がありながら危険な恋の相手、右大臣方に属する朧月夜に逢瀬を重ね、遂に朱雀帝の母であり国母の最高実力者弘徽殿女御の知るところとなり大ピンチに陥った。岩波文庫版源氏物語第11帖花散里を読了。非常に短い帖であるが、前帖の終盤で不倫現場が露見し裁きを待つ心地の源氏が、危機的な状況の下で心の救いを求めて旧交のある女性の下を訪ねたことを描いている。花散里と源氏の間には男女の仲を超えた気の置けない関係があるように思える。岩波文庫版源氏物語第12帖須磨を読了。朱雀帝の中宮になるはずの朧月夜を奪ったため朱雀帝の母弘徽殿大后の怒りを買い流刑を恐れて自ら須磨に逃れた源氏。須磨では当時の都を離れた地方の様子が描かれている。作者の紫式部は宮中に上がる前の体験で、こうした地方の様子を見聞きしていたのだろうか。「須磨」の中では今後重要な役割を果たす明石の君が少しだけ描かれる。ここでは父の明石の入道の田舎住まいでも誇り高い生き方が印象的。身の危険を省みず罪人となった源氏を尋ねる亡妻(葵の上)の兄頭の中将の深い友情。ひたすら源氏の帰りを待つ紫の上の姿が描かれる。次は第13帖明石に進む。岩波文庫版源氏物語第13帖明石。帚木~夕顔の17~18歳の頃から10年近く経った。光源氏も27~28歳となった。先妻葵との間に夕霧、義母藤壺との間に不義の若君のいる立場となった。ところが現在の帝の中宮候補だった朧月夜を犯し、帝の母の怒りを受け須磨に逃れた源氏。次の展開が興味深い。岩波文庫版源氏物語第13帖明石を読了。失脚した源氏は須磨に暮らすも、嵐に遭い明石の入道の招きで明石に移り住む。そこで入道の一人娘明石の君と関係を持ち姫は身籠る。都では源氏を追放した弘徽殿女御と源氏の兄である朱雀帝が病の床に伏し、帝は春宮への譲位を考え遂に源氏を赦し都に呼び寄せる。須磨、明石では都落ちした源氏の零落した姿が描かれるが、ただでは終わらない源氏はここでも子供を作る。その子が後の明石の姫君であり、後に東宮(朱雀帝の第一皇子)の中宮となる。なお、源氏が父の後妻の藤壺の女御と通じて生まれた皇子は冷泉帝であり、その中宮は六条御息所の娘の秋好中宮である。岩波文庫版源氏物語第14帖澪標(みおつくし)に進む。澪つくしといえば昭和60年度前半の朝ドラ名ともなっていて、沢口靖子が主演し銚子を舞台に複雑な人間模様を描き平均視聴率が40%を超え、最高視聴率55%という大ヒット作だった。澪つくしとは海の標識のことだが、何やら気になる帖である。朝昼晩の空いた時間に読む古典。岩波文庫版源氏物語第14帖澪標。都落ちしていた源氏が赦免され帰京。内大臣の地位に就く。冷遇されていた左大臣家の人々も厚遇される。朱雀帝は譲位し実は源氏の子の冷泉帝が即位する。この時点ではその事実を知らされていない。いよいよ源氏の隆盛が始まるところ。岩波文庫版源氏物語第14帖澪標を読了。源氏物語を読むと天皇家が一夫一婦制でよいのか真剣に考えざるを得ない。事実、明治天皇も正室の昭憲皇后に子ができず、女官の柳原愛子との間にできた子が大正天皇となっている。もし、昭憲皇后以外との交わりを否定していたら、日本の歴史はどうなったことか。皇室の永続性からも考える必要があろう。源氏の隆盛を描く。六条御息所は一人娘の斎宮を遺して亡くなる。いまわのきわに源氏に斎宮に手を出さないことを願い、源氏は斎宮を冷泉帝の元に入内させる。一方、住吉大社への参拝の折りに偶然源氏一行と出会った明石の方は、身分差故に源氏と会うのを避けた。源氏は明石の方を気遣い乳母を明石に遣わす。その心に入道も明石の方も感激するが、身分差への憚りはいかんともしがたかった。この帖のタイトルの澪標は住吉参拝の折りに明石の方が身分差故に会うのを避けたことを知った源氏が、明石の方を哀れんで詠み、それに対する明石の方の返歌が元となっている。次の第15帖蓬生(よもぎう)ではあの末摘花が再登場する。今日的に言えば不器量で気の利かない哀れな姫である末摘花姫。醜い姫など御免蒙ると無下に打ち捨ててしまうのか、それとも別の行動を取るのか。天下の光源氏がどのような行動を取るのか注目の帖である。岩波文庫版源氏物語第15帖蓬生を読了。光源氏の人柄が身に染みる帖である。限りなく落ちぶれた暮らしの末摘花。器量が悪く気位が高くそれでも一途に源氏を想う姫。屋敷は荒れ果て、側使い達は暇を出し、意地悪な叔母は姫に酷く辛くあたる。辛抱し続けた姫を救う源氏の思い遣り深い行動が心に染みる。岩波文庫版源氏物語第16帖関屋を読了。花散里同様極めて短い帖。偶然石山寺参拝の折りに遭遇した源氏と空蝉。対面することもなく手紙のやり取りだけに終わる。空蝉は夫がまもなく亡くなり、言い寄る家臣に失望して尼になった。第17帖絵合に進む。岩波文庫版源氏物語第17帖繪合読了。冷泉帝のお妃争い。源氏は六条御息所の子前斎宮梅壺女御を支持。ライバル権中納言は弘徽殿女御を支持。絵の好きな冷泉帝の御前で左右に別れて所有する絵の出来を競い源氏の描いた須磨の絵が決め手となり勝つ。源氏の隆盛を描く。だが源氏は早くも出家を考える。源氏物語第18帖松風に進む。源氏物語も3分の1まで来た。源氏は側室の花散里と明石の方を屋敷に住まわせようとするが、明石の方は遠慮し、父の明石の入道の建てた屋敷に移り住む。そこは源氏の隠居寺の近くだったので源氏はお忍びで訪問し愛娘の明石の姫を見て感動し手元で育てたいと思うのだが…。岩波文庫版源氏物語第19帖薄雲を読了。源氏は明石の姫を引き取り紫の上が育てることに。密通相手である義母の藤壺の尼が亡くなる。更に不義の子冷泉帝が老僧都から出生の秘密を知らされ悩んだ末に源氏に聞こうとするが…。遂に譲位したいと伝えるが源氏に諭されてしまう。父と子の心の葛藤が切ない。源氏物語も20帖目に入った。タイトルは朝顔。長編小説読破の試みも中盤を迎えた。光源氏も30代となり権勢が高まる一方親しい人たちを次々失い50代で亡くなる源氏の人生の後半に差し掛かる。源氏物語は西暦1008年~1009年に書かれた。文豪紫式部は1014年に41歳で亡くなったという。岩波文庫版源氏物語第20帖朝顔読了。いつまでも浮気心の収まらない源氏。今度は従姉妹の朝顔に言い寄るが手厳しく拒否されてしまう。紫の上にも愛想をつかされてしまい、何とかご機嫌を取り持とうと必死な源氏。紫の上に色んな女出入りを白状する羽目に。そして夢枕に現れた亡き藤壺の亡霊に苦しむ。源氏物語第21帖少女に進む。この帖の主役は源氏の長男夕霧。申し分ない身分と後ろ楯に恵まれた夕霧だが、源氏は敢えて優遇せず厳しく育てる。青春期を迎えた夕霧の恋の悩みと成長を描く。男子の父親としての光源氏の行動と親友頭中将の父親ぶりも注目。源氏物語54帖の中でも比較的長い帖である。源氏物語第21帖少女。源氏の長男の夕霧が「なぜ身分の高い自分が学問をしなければいけないのか。学問をしなくても偉くなっている人はいるのに」と不満を漏らしたところ、源氏が「そんな事を言うようではまだ甘いと」突き放すシーンが印象的。夕霧は奮起して優秀な成績で大学寮に入学します。源氏物語第21帖少女。源氏の親友頭中将は内大臣に昇進した。その娘の雲居の雁と源氏の嫡男夕霧はいとこ同志でとても仲が良い。だが頭中将は秘かに娘を東宮に入内させたいと考えているので二人の仲を割こうと躍起になる。2人を育てた母も恨めしく思っている。父の思惑に翻弄される幼い二人が切ない。岩波文庫版源氏物語第21帖少女読了。源氏の長男夕霧は父に命じられ六位の地位に据え置かれ、大学寮で学問に励みつつ、恋に悩み、遂に帝が僅か3人を選ばれた進士に及第し、めでたく自力で五位に昇進した。源氏は屋敷を新築し紫の上と側室にそれぞれ部屋を割り当て引っ越す。次は第22帖玉蔓に進む。源氏物語第22帖玉鬘。頭中将と夕顔の間にできた娘、玉鬘は遠く肥前(今の長崎県)で育った。美しく育った玉鬘に言い寄る土地の男の中に大夫監という肥後の武士がいた。剛毅で粗野な男で強引に求婚する。玉鬘たちは間一髪船で脱出する。ここでは平安時代当時の地方の様子を垣間見ることができる。源氏物語を読んでいて気がつくのは仏教の影響力と登場人物達の信心深さだ。しばしば山寺に籠り勤行を行っている。また病気の時には冷厳あらたかな僧侶を招いて、祈祷をさせている。医学の未発達だった時代、いったん病気にかかると容易に人々は衰弱し死んでいった。神仏にすがりたくなるのもわかる。源氏物語では乳母の存在が重要な地位を占める。赤子は一定の期間母乳を与える必要があるが、身分の高い人々や財力がある人は乳母を雇った。また女性の重要な職業でもあった。乳母には雇主の子と同時期に出産した子がおり、乳母や乳母の子と雇主の子との絆も強かった。乳母には養育係の側面もあった。岩波文庫版源氏物語第22帖玉鬘を読了。肥前国に育った頭中将と夕顔の忘れ形見玉鬘。粗野な土地の武士に求婚され船で逃げ京にたどり着き源氏の使用人の右近が捜し出し側仕えの者と共に源氏邸に移り住む。世話役は長男の夕霧と同じく花散里。源氏と紫の上による源氏の愛人達への衣装選びの話が面白い。岩波文庫版源氏物語第23帖初音を読了。源氏物語も中盤に差し掛かった。源氏も36歳の男盛り。正妻の紫の上の他に明石の方、花散里、空蝉の尼、末摘花の4人の過去に関係した女性と養女の玉鬘を六条の屋敷に同居させ世話をしている。当時の男性にすがって生きる貴族の女性の立場を見事に描いている。源氏物語では光源氏の女性出入りの激しい人生をこれまで描いてきているが、意外にも子供の数には恵まれず、亡妻葵の方との間に生まれた嫡男夕霧と、須磨に隠れ住んでいた時に明石の方との間に生まれた明石の姫の他には子供はいない。子供は一男一女の二人と現代人とあまり変わらない数なのが興味深い。あまりにも多い登場人物数と人間関係の複雑さに辟易していたが、ある程度読み進んで来るとスッキリ整理され興味深く読めるようになった。今は正妻の紫の上の上と4人の女性、そして夕霧、明石の姫と養女の玉鬘の3人の子と暮らすが、今後新たな女性の登場があるのか3人の子供の独り立ちなど興味深い。岩波文庫版源氏物語第24帖胡蝶に入る。前帖の一見平和な源氏の暮らし向きだったが、気掛かりなのが養女の玉鬘が22歳の見目麗しい若い女性であることだ。女好きの源氏が義父の立場を守りきれるのか一線を越えてしまうのか気がかりではある。そこに玉鬘への求婚者達の登場で物語は更に深まりそうだ。源氏物語では御殿の庭に作った池に船を浮かべて雅楽を演奏する光景が度々描かれる。御殿の縁台から庭の池の上での管弦の舟遊びを高貴な人々や女官達が見て楽しむ贅沢な趣向。何とも優雅で贅沢な文化。こうして平安時代の貴族文化最盛期の長編小説で克明に描かれるとその光景が目に浮かんで来るようだ。源氏物語や枕草子にはしばしば「白氏文集」から引用した詩文が出てくる。白氏とは唐の大詩人白居易の残した膨大な作品を集めた文集で、その中でも玄宗皇帝と楊貴妃の恋を歌った「長恨歌」は特に有名である。紫式部は漢詩文の造詣が深く上手に日本の王朝に置き換え作品に取り入れているのが素晴らしい。岩波文庫版源氏物語第24帖胡蝶を読了。実の娘ではないとは言え一旦養女にした玉鬘の美貌に我慢できなくなった源氏は遂に彼女に添い寝する行動に出る。だが年齢の割に恋に慣れていない玉鬘は身を固くし、源氏に身を委ねることができない。しかも源氏は彼女に口封じを命ずる。これはまずいよ源氏の君!岩波文庫版源氏物語第25帖螢読了。この場合の螢とは源氏の弟兵部卿を指す。先妻を亡くした兵部卿は玉鬘に思いを寄せる。源氏は彼女を一目見せようと蛍を放つ。蛍の光に照らされた玉鬘の美しさを一瞬捉えた兵部卿は益々思いを深くする。この帖の後半で源氏が玉鬘に話す物語論は味わい深く注目である。岩波文庫版源氏物語第26帖常夏を読了。和琴を通じて玉鬘と源氏が次第に打ち解け合い、琴の名人の実父の頭中将に紹介される時も近いと思わせる前段の後に登場したのがあの近江の君。育ちと性格が貴族社会とはかけ離れ、早口、粗雑、気品に欠けるとんでもない娘である様子を面白おかしく描いている。源氏物語第26帖常夏。頭中将の娘近江の君が父がそっと覗いている時に、双六遊びに興じ、はしたなく早口で「小さい目、小さい目」と口走ったり、大臣である父の面前で、奉公の意味もわからず「便所掃除だって私へっちゃらよ」といいのけてしまう姿が余りにも滑稽で可笑しかった。岩波文庫版源氏物語第27帖篝火を読了。ごく短い帖。すっかり源氏と打ち解けた玉鬘は、同じく頭中将の娘なのに屈辱的な扱いを受けている近江の君に比べて、遥かに幸せな境遇にいることをしみじみ感じている。その玉鬘を慕う弟の柏木が、彼女が姉とは知らされずに熱い恋心を抱いてしまう姿が切ない。源氏物語も次の第28帖野分から後半に入る。内容的には未だに源氏の全盛期が続いているが、栄華はいつまでも続くものではない。源氏も次第に老境に差し掛かる中、女三の宮との結婚や紫の上との今生の別れ、子供達の結婚問題などを経てやがて出家に向かう。そして物語は次の世代に受け継がていく。岩波文庫版源氏物語第28帖野分を読了。この帖の主人公は夕霧。野分=台風が吹き荒れた日、夕霧は義母の紫の上の美しい姿を見てときめきを感じてしまう。生真面目な彼はそうした不義の心を必死で振り払おうとする。更に父の源氏が愛人達を訪問し姉の玉鬘にまで言い寄る姿を見て嫌悪感を感じてしまう。岩波文庫版源氏物語第29帖行幸を読了。帝の大原行幸の様子と、玉鬘の裳着=高貴な女子の成人式の準備の様子、玉鬘が頭中将(内大臣に昇進)の実の娘であることを何とか伝えようとする源氏の必死さが伝わってくる。この帖でも末摘花と近江の君の非常識な行動が源氏や頭中将を困らせる様子が描かれる。バカ娘を持つことで自分の名誉まで損なわれてしまう焦り。帝に仕える娘の弘徽殿女御の下で行儀見倣いさせるが全く役に立たない。だが血を分けた娘である。このまま無視もできない。どうしょうもない愚かな娘(近江の君)を持ってしまった頭中将(内大臣)の切るに切れない苦悩ぶりが何故か胸を打つ。真面目で常識人の夕霧は幾つになっても惚れっぽく、浮気心の収まらない父の源氏を冷ややかな目で見ている。その一方で、花散里や末摘花のような不美人も召し放つことなく、ずっと面倒を見ている源氏の心の広さが理解できずにいる。源氏のこうした心の広さも女性たちの永遠の憧れとなる由縁だと思った。岩波文庫版源氏物語第30帖藤袴読了。この帖の主役は玉鬘。実の姉弟ではないと知った夕霧は玉鬘に思いを告白するが見事に振られる。玉鬘は帝にお仕えする予定だが秋好中宮や弘徽殿女御の立場を思い気が乗らない。蛍兵部卿、髭黒大将も撃沈。髭黒の「あなたに命を懸けている」の手紙が妙に気になる。岩波文庫版源氏物語第31帖真木柱に読み進む。前帖の宮仕え予定の玉鬘に言い寄る男達の必死な場面から一転し玉鬘と髭黒大将が結婚する場面に変わる。複雑な思いの源氏と二人の娘が帝に仕える気苦労を避けられたと喜んでいる内大臣の姿が対照的。夫になる髭黒大将には正室があり今後どうなることやら。源氏物語も中盤を過ぎ源氏を惑わせてきた美女玉鬘もまもなく人妻となって物語の舞台から姿を消す。思えば玉鬘は幼くして母と死別し肥前に逃れ育ち粗暴な土地の豪族大夫監に見初められ結婚寸前で都に逃げ、源氏に引き取られるも結局高貴だが男性的な髭黒大将の妻になってしまう。運命的なものを感じる。源氏物語真木柱。物の怪に取りつかれ容姿も乱れ錯乱状態の正室と暮らす髭黒大将。そんな彼の前に現れた美しい玉鬘。髭黒は自邸に玉鬘を迎えようとする。正室の父は状況を察し娘を引き取ろうとするが髭黒も正室も躊躇う。そして髭黒が玉鬘の所に通う支度中に正室は香枦の灰を髭黒に投げる事件を起こす。源氏物語31帖真木柱。精神病の正妻に見切りをつけ、子供もいるのに若い女性に心移りする髭黒大将の行動を「酷い」と思うのか「やむを得ない」と思うのか判断が別れるのではないか。しかし今日においても配偶者の精神病は「婚姻を継続し難い事由」の1つに挙げられている。考えさせられる。岩波文庫版源氏物語第31帖真木柱を読了。心ならずも髭黒大将の妻となった玉鬘。こうなっては源氏も帝ですらどうすることもできない。髭黒の長女真木柱は正室が離さず男児2人は玉鬘が愛情込めて育てている。やがて玉鬘は出産する。それでも正室への経済的支援を欠かさない髭黒大将の男気はさすがだ。源氏物語第32帖梅枝。前帖までのヒロイン玉鬘も妻となり母となり表舞台から姿を消し、今度は源氏の実の子2人に光が当てられる。長女明石の姫は美しく成長し入内を前に裳着の儀式=貴族の女子の成人式を盛大に執り行う。一方長男夕霧は未だに独身を続け源氏の気を揉ます。こんなストーリーのようだ。源氏物語には催馬楽という古代歌謡の場面がしばしば出てくる。当時の「遊び」は管弦を奏で催馬楽を謡うことだったようだ。当時の貴族の嗜みとして楽器が演奏できること、和歌を即興で読めることが必須だったようだ。源氏物語を読んで第一のキーワードとなるのが「涙」という言葉である。どの帖にも「涙」が溢れている。しかも涙=女という決めつけたイメージはなく、男も人目憚らずしばしば「涙」を流している。王朝貴族達が如何に心を抑制せずに感情豊かに振る舞っていたかを「涙」という言葉が端的に表現している。岩波文庫版源氏物語第32帖梅枝を読了。前段では実娘の明石の姫の裳着式に寄せられる書の評定の様子が描かれる。当時は書の巧拙は大事な嗜みの一つだったことを窺わせる。後段では雲居の雁に思いを寄せながら煮え切らない夕霧に対し、男としての過去の体験から女性論を述べる源氏の発言内容が良い。源氏物語もいよいよ佳境に入る。源氏の絶頂期を書き記す33帖藤裏葉から34帖若菜上、そして女三宮との婚姻がきっかけて紫の上が病床に付し、やがて内大臣(大政大臣に昇格)した親友頭中将の長男柏木と妻の女三宮の不倫と不義の子薫の誕生というあまりにも有名な展開の若菜下へ進む。岩波文庫版源氏物語第33帖藤裏葉を読了。内大臣と夕霧の疎遠な関係も内大臣が折れることで終息し夕霧と雲居の雁は初恋を実らせ結婚した。明石の姫の入内に際しその後見人に、育ての親の紫の上ではなく実母の明石の君が立つことになった。紫と明石もうち溶け合い源氏は准太上天皇となり栄華を極めた。源氏物語も若菜から後半に入る。源氏の絶頂期もやがて下り坂に向かう。次々と不幸が襲いかかる晩年。因果応報というべきか、人の世の無情さというべきか。これまで読み進めてきただけに切なさを感じる後半だ。長編小説は長い旅に似る。旅好きの僕が長編小説を友とするのは類似点を感じるからだと思う。女性を何人も囲い、立派な屋敷を建て、女性達に豪華な衣装を整え、自宅で様々な行事を盛大に行い、香道、書道、文学、音楽、絵画の素養も深い源氏の豊富な財力がどのように産み出されているのかについては一切触れられていない。源氏物語は貴族社会の人間関係だけでこのような長編に仕上げているのだ。今日の社会は富む者と貧困に喘ぐ者との二極化が顕著である。大きな屋敷に住み、外車を何台も所有し、クルーザーを持ち、競走馬を持ち、豪華なクルーズの旅を楽しむ。財力に富んだ富裕層の暮らしぶりは貧しく生きるのが精一杯の庶民とはあまりにかけ離れている。源氏物語の世界は遠い過去の話でもない。死の恐怖。それはいつの時代も同じこと。老若男女貴賤を問わず誰も避けることのできない人の世の定めである。源氏物語では登場人物が退く前に大概「出家」という手続きをとっている。女性の多くは夫の死後は尼になるケースが多く、病や老境に至った貴族達は自ら仏教に帰依して出家し祈りの生活に入る。財力に富んだ貴族の中には自ら寺を建立し出家に備えていた。源氏もまた大井の地に自ら寺を建て、しばしば通っている。寺を自分で建ててしまうという行動が庶民感覚では想像できないが、それだけ大きな財力を持つ人々がいて、死の恐怖から逃れ、極楽浄土への冥福、輪廻転生を願う心が強かった証だろう。。