アンドロイドは電気羊の夢を見るか? / フィリップ・K・ディック | Real Yellow Monkey

Real Yellow Monkey

書評、音楽評、映画評、SS、雑記、その他

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))/早川書房
¥799
Amazon.co.jp


あらすじ(裏表紙参照)


第三次大戦後、放射能灰に汚された地球では、生きている動物を所有することが地位の象徴となっていた。

人工の電気羊しかもっていないリックは、本物の動物を手に入れるため、火星から逃亡してきた<奴隷>アンドロイド8人の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、決死の狩りをはじめた!

現代SFの旗手ディックが、斬新な着想と華麗な筆致をもちいて描きあげためくるめく白昼夢の世界!

[映画化名「ブレードランナー」]


引用


感情移入という現象は、草食動物か、でなければ肉食を断っても生きていける雑食動物にかぎられているのではないか-いちおうそんなふうにリックは考えている。

なぜなら、究極的には、感情移入という天与の能力が、狩人と獲物、成功者と敗北者の境界を薄れさせてしまうからだ。

(P.41)


本能的に、リックは自分の方が正しいと感じた。自分の胸に問いかえしてみた。-これは人工物への感情移入だろうか? 生き物をまねた物体への? しかし、ルーバ・ラフトは、まぎれもない生物に思えた。偽装という感じはまったくしなかった。

(P.181)


火星時代は薬剤師-とリックは読んだ。とにかく、このアンドロイドはそう自称しているということだろう。

実際には、おそらく肉体労働-作男かなにかとして雇われ、よりよい生活への野心を燃やしていたのかもしれない。アンドロイドも夢を見るのだろうか、とリックは自問した。

(P.236)


感想


大分昔に一度購入して読了しているが、表紙が新装によってカッコ良くなったのをきっかけに、買い直して再読する事になった作品。

映画「ブレードランナー」の影響で、フィリップ・K・ディックで最も有名な小説になった訳だが、テーマの深さを考えると、やはり映画よりも小説の方をぜひお薦めしたい。


さて「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」では、人間とは何か?が重要なテーマとなっている。

作中、リック・デッカードは、ネクサス6型アンドロイドのルーバ・ラフトやレイチェル・ローゼンに対して、バウンティハンターとしては有るまじき感情を抱く。

つまり、人間と同じように、アンドロイドに対しても共感を抱いたり、感情移入をしていく。

また、リック・デッカードやフィル・レッシュといったバウンティ・ハンターは、自身が人間なのかアンドロイドなのか、やがて懐疑的になっていく。
面白いのは、読者もこの物語に感情移入する事によって、読者自身も自分が人間かアンドロイドなのか区別がつかなくなるような眩惑感が現われる事である。

但し、重要なのは人間かアンドロイドかといった生物学的区分ではなく、人間とは何なのか?というこの物語のテーマであろう。


人間には、誰しも感情が備わっているが、その感情が0と1で表現出来るものなのかどうか、一考してみると面白い。

科学万能主義的な考え方をする人なら、人間の感情をコンピュータで全て表現する事も可能である、と考えるだろう。

EUのヒューマン・ブレイン・プロジェクトによると、2023年頃には人間の頭の中で起こっている化学反応をコンピュータ上でシミュレーション出来るようになるらしい。

また、遺伝的アルゴリズムとニューラル・ネットワークの研究が進んでいけば、やがてアンドロイドに意識や感情が芽生えるようになるかもしれない。


しかし、感情というものは、慈しみの心や優しさ、憎しみ、憂鬱といった様々な要素を兼ね備えている。

そして、人間がアンドロイドを利用したいと考える時、当然、アンドロイドにも人間にとって不都合な感情が包含されている。

作中、アンドロイドは奴隷から解放される為に、火星から地球へ逃亡を企てるが、それは人間らしい感情を持つアンドロイドなら当然の行動であるだろう。

ここで考えなくてはいけないのは、意識や感情が芽生えたアンドロイドを、人間にとって不都合だという理由で抹殺しようという考え方は、危険なのではないかという事である。


人間の意識や感情は、非合理的で不完全に出来ていて、それらを何とか補おうとする仕組みとして、他者への慈しみや共感能力が人間には備わっている。

恐らくディックは、テクノロジーが進化するに従って人類の感情が冷たく機械化されていく事に対して、警鐘を発せずにはいられなかったと思うのだ。

この物語で登場する重要なガジェットのフォークト=カンプフ検査は、私たち自身の人間性、特に慈しむ心延えをチェックをするように、警鐘する役割を果たしているようにも感じる。
また、ペンフィールド情調オルガンは、感情を合理的に扱いネガティブな感情を否定する事により、自分自身の考えを持てなくなる事に対する警鐘とも考えられる。


現在、私たちは、テクノロジーによる環境の変化によって、感情を失うというよりは、感情の質が変化してきているのではないだろうか。

そして、今の社会を生き抜く為に必要とされる、人間の感情の変遷や進化は、果たして正しい方向へ向かっているのだろうか。

ディックは、そういった人類の内面的な変化と人間性について、物語を通して警告しているのだろう。


人間という生物について考えさせられる重厚なテーマを持った作品であるが、文体もスタイリッシュで、ディック作品にしては読みやすい内容なので、興味がある人は試しに読んでみるといいだろう。