続きです。
—「俺様」は「瞬間」に支配され、「超俺様」はいつも「その先」を見据えている—
あなたは今駅の階段を上っている。階段は人でごった返していて、少しずつしか進まない。ふと前の女子高生を見ると、歩きスマホをしながら階段をタラタラ上っている。そのせいでその女子高生とその前の人との間には1人分くらいのスペースができてしまっている。
このシチュエーションで、「俺様」と「超俺様」の思考の違いについて見てみよう。
「俺様」
「チッ!歩きスマホなんかしてないでさっさと階段を上がれよ!マジ邪魔くせーな!」
と思う。
「超俺様」
「チッ!歩きスマホなんかしてんじゃねーよ。でもまあ、こいつが歩きスマホしてなかったとしてもこの先の混み具合じゃどっちみちノロノロしか進まないな。無駄にイラつくのはやめようっと。」
と思う。
「俺様」は「瞬間」に支配され、「超俺様」はいつも「その先」を見据えている
一言で言うなら、「俺様」と「超俺様」は「視野」の広さが違う。
この「視野」というのは、空間的・時間的な「視野」のことだ。
「俺様」の「視野」は、空間的には自分の半径1メートルくらい、時間的には「瞬間」としてのこの先1秒以内のもので非常に狭い。
「視野」が狭いため、絶えず身近な「瞬間」の出来事に思考を支配されてしまう。
その狭い「視野」内で起こることがすべてであり、その出来事に対して自分のエネルギーを費やしてしまう。
それに対して「超俺様」の「視野」は、「俺様」の「視野」とは比べられないくらい広い。
先程の駅の階段の例で言えば、「超俺様」が見ているのは階段の先の10数メートル先の混み具合であり、そしてそれは数10秒先の世界でもある。
「その先」を見据えることで、「瞬間」に自分のエネルギーを無駄に費やすことがないのだ。
「視野」の狭い者は「瞬間」に支配され、「視野」の広いものは「その先」を見据えているのだ。
ある出来事が起こる時、その出来事が他の出来事とまったく独立して起こるというのはあり得ない。
そこには必ず理由があり、その理由となる出来事がある。
そしてその出来事は、その先に起こる出来事の理由となる。
出来事は他の出来事との相互の関係性において起こっているのだ。
「視野」を広く持つというのは、それを理解しているかどうかということ。
「瞬間」に支配される「俺様」は、「瞬間」が過去と未来との連続の中で存在していることが分からない。
だから「瞬間」に支配され、短絡的に自分のエネルギーを使ってしまう。
「超俺様」は、「瞬間」が過去と未来の連続の中に存在していると分かっている。
だから「その先」を見据えることで、無駄なエネルギーの流出を防いでいる。
少し難しい話になってしまったけど。
あなたが人でごった返した階段を上るとき、どう考えているか観察してみてほしい。