魂と魂が出逢うことを

たまあい

という


肉体は遠くに別々にあって魂が逢うこと



肉体と肉体が会うのは肌会い

性的な意味も含まれる共寝



小山田(山の小さい田んぼ)



大型の獣

当時は 鹿か猪

大切な食べ物

鹿猪(ししと呼ぶ)

山の田んぼには鹿や猪が出てきて

稲を食べてしまう

除草は大変

夏のいちばん草 にばん草 さんばん草

さて実ったぞ 時に鹿や猪が食べてしまうので

見張りのために 小さい小屋を造った

かりや たぶせ




鹿を射つ



魂と魂が出逢ったのなら共寝もしましょうほどに
お母さんが鹿をうつために見張っているのよ(だから会えないわ)


心配なお母さんは常に見張りをしている

母親の元で子供は養育される

財産も母から娘へ受け継がれる

母系社会

母親はどのような男性と娘が結ばれるか大事で
結婚承諾権は母親が持っていた


山の小さな田んぼには猪や鹿が出やすい それを母親が見張っている


お母さんは生活と心情が 重ね絵になっているし
文学を理解する上では 生活と心情をよく観察することが大事だ

谷崎もそう言っている
小説の言葉は特別な言葉なのではない

生活実感が大事だ
その時その時の

風呂は今 簡単に沸くが
昔は火を起こすのも大変だったのだが
当時の生活実感を感じることが理解を深くする



言葉が持っている

磁場や磁力があるのだ





小山田のししだ(ししはつまり鹿と猪の田)





猪や鹿が入り込んでしまった田んぼはコンバインでもちゃんと直らない
山の上は水も冷たいし稲も育つの遅いのだが
美しい水のおかげで 本当に美味しい米が育つのだという だから大変でも山の上で米を作るのだ


文学の本質は一種のリアリティだから

書かれている生活実感をちゃんと読み込むことで

何が言いたいかがわかる




小山田の田んぼを見張るのは大変という生活実感と
娘の付き合う男性に目を光らせる母親の心の生活実感