結婚式はふたりだけで海外挙式としました。親族とべったりではないふたりらしい選択だったと思います。
おれのコンセプトは、「ひとりひとりでも自立して充実した生活が送れる、でもふたりでいたらもっと楽しく幸せな夫婦」でした。この言葉は繰り返し伝えていました。

指輪はボーナス一括払い。その支払い手段を選択するにはお店のオリジナルのクレジットカードを作る必要があり、店員のオペレーションの悪さに切れて本気で帰ろうとする彼女を強引に引き留めて購入までもっていったのは今から思うと数少ないおれが意思を通した場面だったと思います。

帰国後、友人を集めてこじんまりとした披露パーティを行いました。今思うと、さほど親しい友人ではなかった気がします。自分は友達が多いタイプではなく、かっこ悪いところも見せられる親友は、小学校からの付き合いのHくん、予備校と上京後に苦労を共にしたMくんの2名だけです。ふたりはUターン就職しているため、呼ぶことができませんでした。彼女のほうも高校時代の親友は地元にいるため、元同僚と飲み仲間という構成だったと思います。
のちのち実感することになるのですが、彼女はプライドが非常に高く、どんなに仲のよい友人であっても自分の本音を明かすことはない人でした。実際、今回の別居や離婚について誰にも相談していないらしいです。

ちょっと家計について。
完全にお財布は別にしようと決めました。ただし、彼女の借金返済のため、携帯代・保険代・飲み代等の個人に紐づく出費以外はすべて自分が持つことしました。おれはもともと割り勘派で、同棲するまでは基本的に折半にしていたので彼女は少し驚きながらも感謝していました。

彼女の借金は2年間で無事きれいになりました(公共料金、飲食費、衣料費、備品代、雑費等はすべておれが払っていました)。

彼女の荷物をすべて運び入れ、新婚生活をスタートします。
ひとりで暮らすには十分だった部屋もふたりだと手狭に感じました。おれが自分の好きに使ってきたマンションなので(昔遊びに来てた女の子たちのことも含め)、彼女はストレスが溜まってきたようでした。このままじゃ別れるかもって場面も何度かありました(振返ればあの程度のことじゃ別れないですね)。

子どもを作る選択肢もこの頃はまだ持っていたため、広めのマンションの購入を検討しました。主に彼女が中心になり、土日のどっちかは内覧に行きました。

結婚3年目、あるマンションが第一候補になります。途中何回か、担当者に切れた彼女が「もういい!」ってなりましたが、決めないともうふたりはダメなんじゃないかって思い詰めており、かつここに運命を感じていたのでなんとか契約までやり切りました。
おれたちにとってかなり背伸びした価格でした。彼女は「あなたなら大丈夫、わたしも助けるし」と言ってくれて、とてもうれしく幸せでした。喜ぶ顔、笑顔を見るために無理をしてしまったのかもしれません。

1DKのマンションを賃貸に出し、3DKのマンションに引越しました。ちょうど東日本大震災の頃の話です。