前記事の続き

なぜ私がこんな遠回りすることになったのか。





今でも辛いのは
周りの期待に答えられないこと

出版したのも
周りに認められたかったからだと思います。

周りとは、家族や親戚。



親はテストで満点とっても褒めてくれなかったし、
お年賀の挨拶や
誕生日祝いその他お礼
しないとしかられる
今年も年賀の挨拶しなさいって
新年から電話がかかってきました(電話来なくても声が聞きたかったらするのよ)
親に誕生日何かしてあげあの?(私には私なりのお祝いの仕方があるよ)
おばあちゃんの家であなたは食べ過ぎ。遠慮しなさい。(おばあちゃんの料理がおいしかったのに)


こういうこと、全て、溜まり、
どうすればいいの?
私はどうすればいいこ?
自分の行いに自信がなくなり、
確認を得ないと動けなくなりました。
もう家族から逃げたくて反対を押し切ってアメリカへ半年行きました。5年ほど前。


帰ってきて少し楽になりました。
結果、自分のしたいことすべてやる。親は関係ない。結果、遠回りにしました。



私が親や親戚から言われたこと、
心から想う気持ちがあってこそ
できることなのではないのでしょうか。
人に言われてからすると、
本当にやりたくなくなるんです。
言われてやった事実が、自分の本心じゃないような。なぜか本当にやりたくなくなる。


幼少期はこころのうごきを削がれていたような気持ちです。
今でも親とは距離を持って接しています。基本的に連絡は敬語でのやり取りです。時々寂しくなります。悩みも相談したことはありません。本当の意味で親を受け入れてはいません。恐らく親も私を受け入れてません。影で私は親のことが嫌いだからしょうがないとか言っているようです。それが寂しい。だから私はすきなひとには(恋愛ではなく)愛をたくさん注ぎたい。正しい道を教えるのではなく導ける人になりたい。でも、自分のためにも、親のことは許しています。許してやっと自由になれる。そう思っています。
実は私には著書があります。
ふつうに本屋さんに私の本はならんでいます。
印税もいただきました。
本を書くことは私の長年の夢だったので
とても嬉しい気分でした。
出版した当初は。


でも今は本を出したことは公にしていません。
本の内容とは違う道を進んでいるから。
協力してくれた人にも申し訳ない気持ちで…。。
「本を出版すること」がわたしの夢だったんです。
本を出すことでどうなりたいかはまた別だった。


実は本を出したタイミングで私は会社を辞めました。
会社を辞めて翌月には行きたかった3カ国の国に行きました。
フリーでいくつかの仕事も受けました。
自分のしたいことに全てを注ぎました。お金も。時間も。
その結果、いろいろなことが見えなくなった。
自分のことしか見えなくなって
気付いたら私は辛くて辛くて…


それから会社に戻り、
戻った会社で、自分の仕事について働きながら色々考えました。
数社に首をつっこみました。
過去の経験を棚卸しし…できること、色々考えました。でもやはり辛い。
結局、自分の経験を無視し、
本当に何をやりたいか、どんな仕事がストレスゼロか。それだけで仕事を選びました。その結果とても満足のいく環境で今、働いています。



随分遠回りしました。
まだ25歳ですが、女には賞味期限があるもの。(この仕事もあと一年遅かったらできなかった)早い段階で舵を切れたこと。
それも、いらないものをすべて削ぎ落としたからだと思います。

まだまだ削ぎ落としたいものが沢山あり…
大切なものに愛を注ぎきれずもどかしくなることがありあります。


少しずつ楽になりたい。そんな毎日
いちご狩りに行きました。
まいにちまいにち、
同じだけの時間を過ごすのなら
楽しんだほうがいい


自分は何のために生きているのだろう
何を伝えるために
この世に生を受けたのだろうなんて考えることがあります。

私の実家はトイレが10コある変な家です。


部屋も余るぐらいあるので
家が狭い・収納がない
という悩みは持ったことがありませんでした。
(ただ、ルールはあったので、
部屋に入りきらなくなった荷物は、使っていないお風呂の湯船の中につっこむ等収納の工夫はしていたものの・・・)

2年前からちいさなマンションで一人暮らしを始めて
実家のありがたさを感じるようになりました。

すきなものに手をだしすぎて
モノに溢れかえった生活をしていた。
今でもモノであふれた実家に帰るのがなんだか怖い。
もっともっともっとシンプルに・・・
最低限の必要なもので
生きていきたい・・・
心からそう思うようになりました。。。
まるでモノから逃げるように。。

迷路のような家に生まれたからこそ
考えることができる
シンプルに生きる価値
そんな価値にフォーカスして生きていくのも
生きる理由になるかもしれない。
そんなことを考えています。
今まで沢山、人生の大きな選択を間違えてきたと思う。
ただ、人間というものは自分の生きてきた道を後悔したくない生き物だから
"間違った"選択なんてしてない
あれはあれでよかったなんで思っている。

私には1つだけあの選択は間違っていなかった
と思える節がある。
まだたった3ヶ月前のことなので
なんともいえないのだが・・・それは
"ストレスをためない仕事をする"
だ。

兎に角ムカつきたくない。
それだけの思いで仕事を選んだ。
まだ社会人になって3年ほどしかたっていないが
デザイナーを数年やって
本も出版し、
フリーでもデザインやイラストの仕事を熟し
趣味も精力的に熟し(本に載るぐらい)た過去がある。
まわりはちっとも見えない毎日だった。
毎日毎日自分と戦っているようだった。
気が付いたら
本当に何にものこっていない
不幸な自分しかいない・・・・
自分しか自分をかまってくれない・・・
もう自分とも周りとも戦う毎日はやめよう。
もっと大事なものと向き合いたい・・
そう思った。
リハビリ期間を経て
転職活動。
転職にもエネルギーは使うもので
実際、本気で転職活動をしたのは1ヶ月間。


仕事選びで大事にしたこと

・満員電車には乗りたくない
・ゆっくりとした朝をすごしたい
・長時間電車に揺られたくない
・残業はしたくない
・社内の派閥等に関わりたくない
・人間関係でもめたくない
・人間的(性格)に目指すことができる上司の下で働きたい
・戦いたくない(数値的なところで)

そんな思いで仕事を探し出会ったのが今の会社である。
毎日10分ほど歩いて会社に行く。
ときどき走ったりもする。
何分で家から会社まで行けるかゲームをひとりでしたりする。
制服を着て、毎朝ラジオ体操をして。。。
数か月前までの私には想像もできないことだ。

好きな服を着て
社内唯一のデザイナーということもあり
自由にやらしてもらっていた。
180度も違う生活をしているが
全く苦痛ではない。
夕方3時ぐらいになると
なぜか社内でひとり幸せを感じている。
あたたかいココアを飲みながら。


プライドも偏見も
なにもかも取りあらって
純粋なわがままで仕事を選ぶ
こんな人生が待ってのだ。
手芸が大好きで
毛糸や造花、糸やグルーガン、レジンや筆
身の回りがごちゃごちゃで  
売り切れなかった作品にまみれて過ごしていました。

そこに現れたのが性格も生活も真逆の彼。。
彼と過ごしていくうちに…次第にまわりのものが少なくなりたした。。雑貨も服も食器も家具も。。終いには仕事も削ぎ落とし。生きるのがとても楽になりました。まだまだ修業中。
そんな毎日なんとなくつづります。