今日は友人とエコーバレースキー場へ。
晴天率が高いとは聞いていたけど、今シーズンで一番の快晴!!


雪山って、本当に心が真っ白になる。
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ゲレンデの最上部から見る蓼科山がとっても美しかった!
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冬山もいいけど、山はオールシーズン楽しませてくれる最高の場所!
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いくつになっても、やめられません。

●備忘録

「自然状態では植物の生育にとって最良の状態であるとは限らず、その土壌環境に合う植物が環境が許容する範囲内で繁殖しているだけである。農業とは、その自然状態を超えてより多くの収穫物を収奪する行為なので、人為的な土作りは欠かせないのである。」

参照元:http://gan-jiro.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-4b77.html



人から勧められた諏訪市の「蓼の海」。
時間が少しあったので大見山の展望台まで登ってみた。

正面に御嶽山、ナナメ右方向に乗鞍岳、右側に穂高岳。
眼下には諏訪湖。
20分くらいのトレッキングでこ~んな景色。

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2時間くらい時間があったら、蓼の海から大見山の展望台まで登ってみてほしい。長野県に住んでいることに、改めて感謝!

Best climb;)
わざわざこのページを訪れてくださった方は、どんな方なのでしょう?
最近、今までの歩みを教えてくださいと言われることが多くなったので、簡単ですがまとめました。


<これまでの歩み>
  • 1980年 生まれる
  • 1998年 大学進学のため静岡県・三島市へ
    国際関係(特にアメリカの政治や戦争・英語を学ぶ)
  • 2002年 就職のため千葉県・成田市へ
    小さい頃から目指していた某航空会社のグランドスタッフとして空港を駆け回る
  • 2006年 いつか実家に帰ろうと一念発起して、農業の世界へ飛び込む
    wwooferとしてオーストラリアへ旅立ち、有機農業やパーマカルチャーの現実に浸る
  • 2007年 有機農産物をネットで販売する会社に就職
    ライターとして有機農業の現実を取材し農家さんの農業にかける熱意を知る
  • 2009年 さらに自然栽培を学ぶため転職
    「土」と真剣に向かい合う農家さんたちの存在に心底感銘を受ける
  • 2011年 長野県にUターン
    ライター(特にweb関連)の仕事や企業の広報を生業として生きてます


人生にはさまざまなターニングポイントがあるものです。
いわゆるレールに乗った生き方をしていないので、他の人よりも、ターニングポイントが続出している気もします。
レールに乗った人生に疑問を持つ女性とか、やりたいことが見つからないという人に、私の歩みが少しでも参考になればと思います。きっと何かの役には立ってくれることを信じ、紆余曲折の人生を書いてみます。(すべて実話です)


姉の結婚
これまでの人生で最も大きなターニングポイントは、姉の結婚です。
2005年、実家(農地をそれなりに持っている昔ながらの家)を継ぐ予定だった姉が結婚して嫁いでいってしまい、まだ結婚していない私に「お前、帰ってこい」コールが何度となく父から寄せられました。人生お先真っ暗だと思い込み、泣いて過ごした時期もありました。(ずっとやりたかったグラホの仕事が絶頂期だったからというのもあります)

でもですね、人生分からないものです。
いったん腹をくくって実家や故郷のことを思ってみたら、そこにやらなきゃならないことがあるような気がしたんです。
例えば、小さいころから見ていた「農業」の厳しさ。早朝5時に毎朝農薬をかけに早起きし、夜中まで出荷の準備をしていた両親の背中とか、地下水が農薬によって汚染されて湧き水が飲めなくなっていった現実とか…。
じゃ、この「農業」っていうのは、一体どんなもんなんだ?もっと楽にできるんじゃないの?環境に負荷を掛けない農業ってできないの?と、いろいろ考えました。
「きっと農薬をかけるだけが農業じゃないはず」と確信して、当時盛り上がりつつあった有機農業の世界へ飛び込むことにしたわけです。


農業の真髄に触れる
そこからは流れや思いに身を任せました。
まずは有機農業といえば、農業先進国のオーストラリア。
英語が好きということもあって、それから一度は海外でしっかり生活してみたいという思いもあって渡豪を決意。お金がないので、wwooferとして有機農業の現実を見ながら1年の予定でワーホリビザを取得。ブリスベンの北の田舎町で農業に明け暮れました。(詳細割愛)

帰国したのは27歳。
ずっと待っていてくれた彼氏からのプロポーズを拒否。(ここが2つ目のターニングポイント。なぜか、そういう気持ちになれなかったのです。)

いきなり農業の世界にどっぷり浸かる勇気がなかったので、地元に帰ってきっと必要になるwebでの農産物販売のノウハウを身につけようと、千葉のベンチャー企業に入社。初めてhtmlなるものに触れたり、取材やライティングをしながらノウハウを身につけました。

でもですね、なんか中途半端なんです。
有機農業とは言っても、やっぱり農薬かけるんです。有機JASで認められている農薬であっても、葉っぱの上で虫がゴロゴロ死んでるのを見ると、「あれ?これって違わない??私の理想としている農業とどこか違う」と疑問をがわいてきました。「理想的な農業の姿って、もっと他にあるんじゃないのかな?」と思い、前から気になっていた自然栽培の世界に身を移して1年半。そこでやっと答えが見つかりました。

私の答えはこういうことです。
慣行栽培・減農薬・有機農業・自然栽培などなど…。
いろんな方法があって、それぞれに「匠」と呼ばれる農家さんたちがいるけれど、どれが良くて、どれが悪いという答えはそこにはない。その環境で、その土に向き合う人間が、もっとも最適だと思う方法を用いているという、とてもシンプルな答えがありました。
(もちろん、有機や自然栽培のことは、普通の農家さんなら知らないし、興味もそれほどないと思います。うちの両親もそうですから)
結局は、農薬がダメとか虫を殺しちゃだめとか、そういう視点だけに執着していたことを反省しました。最終的には、とにかく気になる農家さんを知って、どう育てているのかを観察することに答えがある気がします。


ちなみに・・・
これは個人的な意見ですが、「本物の野菜」や「理想的な農業」を求める方も多くいますが、その人にとって最適なものが「本物」や「理想的」なのだと思います。
アレルギーや病気をお持ちの方ならしっかりと栽培された自然栽培の農産物が最適でしょうし、お金はないけど毎日新鮮な野菜が食べたいという方なら地元の農産物直売店に行けば新鮮で安くておいしいものが手に入ります。環境負荷を減らしていきたいなら、ちゃんと理屈が分かった農家さんが栽培した有機農産物か自然栽培の野菜やお米が最適だと思います。


長野県にUターン、そして腎炎
横道にそれました…
というわけで、どこか農業に対する思いが吹っ切れてしまったというか、なるようになれという気持ちで実家にUターンした2011年。実家の田んぼで無農薬栽培のお米を栽培しながら、好きな英語を生かしてボランティア活動を開始。それなりに田舎暮らしを満喫していたのですが、どうも体調がすぐれず、結婚する予定だった人と上手くいかなくなって取りやめに。

いよいよ本当に体調が悪くなったので病院で検査してもらったら、腎炎の疑いありとのこと。腎生検を経て、病名が確定。「慢性腎炎(IgA腎症)」のステージ2ということで、またまた人生お先真っ暗状態に突入。泣いて過ごすこと1週間。「なるようにしかならない」と自分に喝を入れて、復帰。これまでの無理がたたっての体調の悪さだったらしく、病気の腎臓を労わりながら休息をとるようにしたら元気な自分が戻ってきたので、定職に就き、今は普通に生活しています。


前向きに生きる
さて、じゃぁこれから何しよう?どう生きよう?
この腎臓じゃ、無理はできない。
でも、だからと言って、何もしないわけにはいかない。
とにかく自分にできる範囲で、地元に貢献しながら生きていこうと思っています。

ありがたいことに、地元での横のつながりも出来てきました。
一つだけ、自分にしか出来ないことも思いつきました。

生まれ故郷の長野県。
何か意味があってここに生まれたんだと思うことにしました。
病気のこともありますが、悲観はしません。

これまでに経験で身に付けたスキルを使って、出来ることを精一杯やるだけ。
それが私の答えです。



やりたいことが見つからない。
そんな人には、ベタですが、興味が少しでもあることや、疑問を感じることをとことん突き詰めてもらえたらと思います。(体は壊さない程度に…これ大事)その先の先あたりに、答えがあります。必ず。
そしてその過程で得た経験や知識が、いつかきっと「やるべきこと」や「やりたいこと」を教えてくれるはずです。

大いに悩み、大いに苦しむ。
その先には必ず答えがあります。

「求めよ、さらば与えられん」
新約聖書の言葉です。名言ですよね。