カランコロン♪
それでは一行目からガッツリ向き合っていこう。
「そう気付いていた午後の光にまだ僕は眠ってる」
これはそのままでいいと思う。窓から差し込む光がもうとっくに朝ではないことを教えてくれているが、どうにもまだ「僕」は起きる気にはならない。なんとなく気怠い様子がうかがえる。
「想いどおりにならないシナリオはとまどいばかりだけど」
特にモテない人、異性の人と話すことに慣れていない人の片思いあるあるだと思うんだけど「明日はこれについて話かけよう、で、彼女がこう返して来たらこっちの話題に膨らんで…」みたいに頭の中では好きなあの子との会話のシミュレーションはばっちりなんだけど、いざ本人を目の前にすると緊張やらなんやらでまったく思い通りに行かない、みたいな。
ここの部分はそういうやきもきする感情を表しているように思える。
「思い通り」ではなく「想いどおり」なのが気になる。君のことを「想う」がゆえに完成したシナリオなのにうまくいかないっていう意味の表れなのかな?
「今日も会えないからベッドの中目を閉じて 次の次の朝までもこの夢の君に見とれてるよ」
冒頭で午後になっても眠り続けていた僕だけど、その理由は君に会えないからのようである。で、次が僕が特に気になるポイント。「次の次の朝までも」の部分。ここ、メロディ的に「次の朝までも」で行けるんだけど、「次の」がわざわざ重ねられているのね。「次の朝まで」ではなく「次の次の朝まで」。
明日までじゃなくて明後日まで現実世界では君に会えないからせめて夢の中で君に会いたい、それまで僕は何もやる気が起きないってことなのかな。
つまりこれは週末を表しているのではなかろうか。今日は土曜日で休日。もちろん片思いの相手とは休日を一緒に過ごすなんて関係ではない。明日も休みだ。
あの子に会えるのは明後日の月曜日。それまではせめて夢の中に出て来る「君」と過ごしたい。ということなのかな、と解釈したんだけど、この曲が発売された1996年当時はまだ土曜日って半ドンの時代かな?
調べたところ学校では1992年から第二土曜日が休み、1995年から加えて第四土曜日も休み、その後完全に土曜日休みに移行していったそうなのでちょうど時代的には過渡期にあたる。会社はいつから週休二日制が定着した分からないけれども、休日は会えなくて月曜日には会えるってことは同じ職場に好きな人がいるって状況。全体的に漂う青くてプラトニックな詞の世界観的に職場内で片思いしているって言うよりかは、学生の片思いを描いてそうな雰囲気を感じる。
今では土曜日も登校するなんて嫌だと思うけれども、好きな人に会える、友達と会えると考えれば退屈な休日よりも学校があった方が嬉しいと思うことは全然ありえるな。
カランコロン♪
その三はこちら↑
それでは一行目からガッツリ向き合っていこう。
「そう気付いていた午後の光にまだ僕は眠ってる」
これはそのままでいいと思う。窓から差し込む光がもうとっくに朝
「想いどおりにならないシナリオはとまどいばかりだけど」
特にモテない人、異性の人と話すことに慣れていない人の片思いあ
ここの部分はそういうやきもきする感情を表しているように思える
「思い通り」ではなく「想いどおり」なのが気になる。君のことを
「今日も会えないからベッドの中目を閉じて 次の次の朝までもこの夢の君に見とれてるよ」
冒頭で午後になっても眠り続けていた僕だけど、その理由は君に会
明日までじゃなくて明後日まで現実世界では君に会えないからせめ
つまりこれは週末を表しているのではなかろうか。今日は土曜日で
あの子に会えるのは明後日の月曜日。それまではせめて夢の中に出
調べたところ学校では1992年から第二土曜日が休み、1995
今では土曜日も登校するなんて嫌だと思うけれども、好きな人に会
カランコロン♪
