マリア・カラス
Maria Callas

1923~1977。ギリシア移民の子としてニューヨークに生まれる。13歳までアメリカで過ごした後、故国ギリシアに移り、第二次大戦中はアテネ音楽院で往年の名歌手ヒダルゴに師事した。このときアジリタのテクニックを学んだという。14歳のとき、『カヴァレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ役で初めてオペラの舞台に立ち、大戦中はアテネで『フィデリオ』、『ボッカッチョ』などを歌っていた。1947年、ヴェローナ・アレーナ音楽祭で『ジョコンダ』の主役でイタリア・デビューを飾り、以後、名指揮者セラフィンの熱心な指導によってたちまちスターの座にのぼりつめた。最初はイゾルデやブリュンヒリデのようなドラマチック・ソプラノの役を歌っていたが、まもなくセラフィンの勧めでルチアやノルマなどを歌うようになり、大成功をおさめた。これをきっかけに、ドニゼッティやベルリーニの埋もれたオペラに次々と新たな生命を与え、よみがえらせた。それまで、軽いコロラトゥーラでしか歌われることのなかったこれらのベルカントオペラは、カラスのドラマティコ・ダジリタで歌われることによって、ドラマチックなオペラとして革新的に生まれ変わった。ミラノ・スカラ座は、当初、テバルディとカラスを二大スターとして売り出し、二人はしのぎを削ったが、勝負はあっさりついた。聴衆は圧倒的にカラスを支持し、テバルディは1955年を最後にスカラ座を去った。以後、スカラ座公演の四割近くをカラスが占めるようになり、あたかも『マリア・カラス歌劇団』の様相を呈した。当時の聴衆の熱狂ぶりは想像を絶するものがあり、調子が悪くて舞台をキャンセルしたりすると聴衆は暴動になりそうになるほど激昂した。毀誉褒貶も激しかったと言われる。

たんに声量だとか美声だとか超絶技巧だとかいう基準では語れない歌手である。たんに表現力に優れていると評するのも相当ではない。ドラマチックからコロラトゥーラまで、幅広い声域をこなし、極めて複雑な発声で感情の起伏を微妙に表現するのだが、これは誰にも真似ができず、それ以前にも以後にも全く類例のないものである。

声の音色がこれまた独特である。もはや伝説的な絶対的なカリスマになっている人なので、個人の好みをいうのもなんだが、個人的には必ずしも好みではない声である。また、録音が古いのは仕方ないにしても、それを考慮しても録音がよくない。その点ではテバルディよりもずっと損をしている。正直言って、歴史的価値はあると思うものの、現在、オーディオ的にはあまり頻繁に取り出してみたくなるようなものはない。グラモフォンの最新録音だったらどういう風に聴こえただろうかと想像したくなる。録音自体は非常に多く残っており、ヴェルディやプッチーニの名作もそろっているが、カラスを聴くならやはりベルリーニとドニゼッティが主になる。


(1)ベルリーニ『ノルマ』 セラフィン指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団 EMI 1960
マリア・カラス(ノルマ)、フランコ・コレッリ(ポリオーネ)、クリスタ・ルートヴィヒ(アダルジーザ)

(2)ドニゼッティ『ランメルムーアのルチア』 セラフィン指揮 フィルハーモニー管弦楽団 EMI 1959
マリア・カラス(ルチア)、フェルッチョ・タリアヴィーニ(エドガルド)、ピエロ・カップチルリ(エンリーコ)

カラスを聴くならやはりこの二枚ということになりそうである。録音はいいというほどではないが、聴くに堪えるレベル。競演者も素晴らしい。



(3)ベルリーニ『清教徒』 セラフィン指揮 ミラノ・スカラ座 EMI 1953
マリア・カラス(エルヴィーラ)、ディ・ステファーノ(アルトゥーロ)、ローランド・パネライ(リッカルド)

(4)ベルリーニ『夢遊病の女』 ヴォットー指揮 ミラノ・スカラ座 EMI 1957
マリア・カラス(アミーナ)、フィオレンツァ・コッソット(テレーザ)、エウジェニア・ラッティ(リーザ)、ニコラ・モンティ(エルヴィーノ)
 

この2枚もまたベルカントオペラの傑作でカラスの代表作とされている。録音がよくないので頻繁に聴く気にはなれないが、一度は聴いておかないとこれらのオペラについて語れない。録音さえよければ絶対の必聴盤であったろう。


 

(5)ビゼー『カルメン』 プレートル指揮 パリ・オペラ座管弦楽団 EMI 1964
マリア・カラス(カルメン)、ニコライ・ゲッダ(ドン・ホセ)、ロベール・マサール(エスカミーリョ)、アンドレア・ギオー(ミカエラ)
 

カラスのCDの中ではこれが一番録音の音質がいい。カラスのカルメンは性格描写の面で他とは一線を画しているが、好みは分かれると思う。

 

 

 

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