マリリン・ホーン
Marilyn Horne

1934~。アメリカの大恐慌時代にペンシルベニア州の貧しい農家に生まれる。1947年に一家はロサンゼルスに移り住み、ここで父親は実業家として成功した。父親はテノールのいい声をしており、マリリン・ホーンは父親から歌のレッスンを受けた。1954年、南カルフォルニア大学在学中に、ハリウッド映画『カルメン・ジョーンズ』の歌の吹き替えのオーディションに応募し、採用される。ここからプロ歌手としての道を歩み始め、ロサンゼルス歌劇場でロッシーニの『チェネントラ』などに出演して地元の好評を博した。1956年、オペラ歌手として本格的な勉強をするため、ヨーロッパに渡る。はじめはイタリアを目指したが採用してもらえる歌劇場はなく、ドイツのゲルゼンキルヘン歌劇場の『ホフマン物語』でヨーロッパデビュー。ドイツで4年間修業を積む。アメリカに帰国後、サンフランシスコの歌劇場で『ヴォツェック』のマリー役の歌手の代役をつとめ、大成功を収める。1964年、ロサンゼルスでロッシーニの『セミラーミデ』の上演が企画されたが、バビロニア女王セミラーミデの息子、アルサーチェを歌える者がなく、マリリン・ホーンはこの役をかってでて見事にこなした。数か月後にはサザーランドとこのオペラで共演し、センセーショナルな成功を収めた。1967年、コヴェントガーデンでの『ノルマ』でアダルジーザ役で出演、1970年、サザーランドがタイトルロールを歌う『ノルマ』でアダルジーザを歌ってメトロポリタン歌劇場にデビュー、以後メトを中心に活躍した。

美しく力強い声とコロラトゥーラの完璧なテクニックを合わせ持つ非常に優れたメゾソプラノ。メゾソプラノとはいっても地声で3オクターブを出せるのでソプラノ役を含めて何でも歌える。本人によれば、ロッシーニのほかに、モーツァルト、バッハ、ヴェルディ、プッチーニ、マスカーニ、ワーグナー、ヴィヴァルディを歌えるという。スタープリマとしての名声はイマイチだが、絶対に聴いておく必要のあるオペラ歌手である。


(1)ロッシーニ『セミラーミデ』 ボニング指揮 ロンドン響 デッカ 1966
マリリン・ホーン(アルサーチェ)、ジョーン・サザーランド(セミラーミデ)、ヨゼフ・ルーレウ(アッスール)
ロッシーニといえばオペラブッファであり、オペラセリアの方はほとんど注目されずに長い間埋もれていた。難しすぎて歌える人がいなかったのである。ロッシーニがこのオペラを書いた時代に使われていたテクニックが忘れ去れてしまっていたのだ。マリリン・ホーンは苦心の末、一度は失われたテクニックを再現することに成功し、こうしてセミラーミデを復活させたのである。マリリン・ホーンを知りたければ、これは絶対聴かなくてはなるまい。というか、ソプラノでこれほど感動したのは、ニルソンのトゥーランドット、スリオティスのマクベス夫人以来である。オペラ史上、5本の指に入るかと思えるほどのソプラノが聴ける。

(2)ロッシーニ『アルジェリアのイタリア女』 シモーネ指揮 イ・ソリスティ・ベネティ エラート 1980
マリリン・ホーン(イザベッラ)、サミュエル・レイミー(ムスタファー)、キャスリーン・バトル(エルヴィーラ)
ホーン、レイミー、バトルの競演となれば、それだけで聴きたくなるではないか。実際、期待に違わぬ出来である。とくにホーンとレイミーのかけあいは絶対に聴いてほしい。ホーンはこれがやりたいがために、埋もれていたレイミーの才能を発掘したのである。

(3)ロッシーニ『セビリアの理髪師』 シャイー指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団 ソニー 1981
レオ・ヌッチ(フィガロ)、マリリン・ホーン(ロジーナ)、パオロ・バルバチーニ(アルマヴィーヴァ)、サミュエル・レイミー(バジリオ)、エンツォ・ダーラ(バルトロ)
技巧的には見事な演奏である。マリリン・ホーンをはじめ、レイミーもダーラもうまい。しかしやたら芸を見せつけられている印象が否めない。どうしてもアバド旧盤と比較してしまうが、音楽を聴く楽しさではアバド旧盤の方が上だろう。ミラノ・スカラ座のオケは重厚で素晴らしいが、ロッシーニ特有の軽快さはロンドン響の方がよく出ている。

(4)ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』 ヴァルヴィーゾ指揮 ウィーン国立歌劇場 デッカ 1968
マリリン・ホーン(ジョヴァンナ)、エレナ・スリオティス(アンナ・ボレーナ)、ニコライ・ギャウロフ(エンリーコ8世)
『アンナ・ボレーナ』はマリア・カラスによって復活させられたベルカント・オペラの一つ。ホーン、スリオティス、ギャウロフの競演は迫力がある。これも聴いておきたい。

(5)ベルリーニ『ノルマ』 ボニング指揮 ロンドン響 デッカ 1964
マリリン・ホーン(アダルジーザ)、ジョーン・サザーランド(ノルマ)、ジョン・アレクサンダー(ポリオーネ)
ノルマの決定盤はまあマリア・カラスで動かないだろうが、サザーランドのノルマも聴いておく価値はある。しかしホーンのアダルジーザが凄すぎる。ホーンはサザーランドと共演して一躍注目を浴びたのだが、歌手としての力量はホーンの方が上だろう。じっさい、このCDではどっちが主役なんだかわからない。

 

 

 

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