ジェームズ・キング
James King

1925~2005。アメリカ、カンザス州、ダッジシティに生まれる。ルイジアナとカンザスの大学で学び、ケンタッキー大学で音楽の教授をしていたが、バリトンからテノールに転じてプロ歌手として新たに出発した。1962年からベルリン・ドイツオペラに出演、同年にはザルツブルク音楽祭に出て一気にその名を知られるようになった。1965年にバイロイト音楽祭に出演、その後、メトロポリタン歌劇場を皮切りに、世界の一流の歌劇場で活躍するようになった。

どうも日本ではイタリア系テノールに比べていまいち人気がないようである。というか、ヘルデンテノールそのものに人気がない。その理由を考えてみると、まず歌うオペラがワーグナーに限られてしまうこと、それもジークフリート、ローエングリン、タンホイザーなど、歌える役はごくわずかである。その点、イタリア系はヴェルディのオペラは数が多いうえに、他にもベルリーニやドニゼッティなど、ドラマチックテノールが活躍する場は非常に豊富だ。また、イタリア系のドラマチックテノールの方が華があるように思える。ともあれ、ジェームズ・キングは非常に優れたドラマチックテノールであり、この人がそれほど目立たない存在であるというのは極めて不満だ。美声であるとともに声に力と深みがあり、表現力抜群である。是非とも聴いてほしいが、残念ながら聴くことのできるCDは極めて少ない。


(1)『ローエングリン』 クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団 グラモフォン 1971
ジェームズ・キング(ローエングリン)、ヤノヴィッツ(エルザ)、ギネス・ジョーンズ(オルトルート)、トマス・スチュアート(フリードリヒ)、リッダーブッシュ(ハインリヒ)
これはすでに何度か触れた盤である。ジェームズ・キングとヤノヴィッツはもとより、完璧ともいえるキャストでオペラ全体が醸し出す美しさは筆舌に尽くし難い。

(2)『ワルキューレ』 ショルティ指揮 ウィーンフィル デッカ 1965
ジェームズ・キング(ジークムント)、レジーヌ・クレスパン(ジークリンデ)、ビルギット・ニルソン(ブリュンヒリデ)、ハンス・ホッター(ヴォータン)、クリスタ・ルードヴィヒ(フリッカ)、ゴットロープ・フリック(フンディング)
ジェームズ・キングのジークムント、クレスパンのジークリンデの組み合わせは、ヴィッカースとヤノヴィッツの組み合わせと並ぶものである。個人的には後者が好みだが、まあ双璧であると言っておこう。

(3)『ワルキューレ』 ベーム指揮 バイロイト祝祭 デッカ 1967 
ジェームズ・キング(ジークムント)、レオニー・リザネック(ジークリンデ)、ビルギット・ニルソン(ブリュンヒリデ)、テオ・アダム(ヴォータン)、アネリエス・ブーメイスタ(フリッカ)、ゲルト・ニーンシュテッド(フンディング)
このベーム盤ではジークリンデがリザネックである。リザネックはジークリンデをやるにはスケールが大きく、ドラマチックな性格が強すぎると言われている。総合的にみてショルティ盤を選ぶのが普通だろう。なお、ジェームズ・キング自身はどちらの盤でも素晴らしい。

(4)『パルジファル』 ブーレーズ指揮 バイロイト祝祭 グラモフォン 1970
ジェームズ・キング(パルジファル)、ギネス・ジョーンズ(クンドリー)、フランツ・クラス(グネマンツ)、トーマス・スチュアート(アンフォルタス)、ドナルド・マッキンタイア(クリングゾール)
ジェームズ・キングの数少ない録音の一つだし、他のキャストも申し分ないので挙げざるを得ないのだが、ブーレーズの指揮があまりにも暗くて鬱になりそうである。もともと暗いオペラなのでショルティのような陽キャで世俗的な受けを狙う指揮の方がバランスがとれてちょうどいいのではないだろうか。



実際上、ジェームズ・キングが聴けるのは『ローエングリン』と二組の『ワルキューレ』ということになるだろうか。ちょっと寂しいが。