ルチアーノ・パヴァロッティ
Luciano Pavarotti


1935~2007。イタリアのモデナに生まれる。父親はパン屋でアマチュアの歌手であったが、なかなかいい声をしていたという。パヴァロッティ本人も父親譲りの美声だったが、(若いころは筋肉質で)スポーツ万能だったので最初は体育の教師を志望した。父親も(歌手では食えないので)体育の教師になるべきだと主張したが、「一度は歌の勉強をしてみては」という母の勧めで保険の外交員をやりながら歌のレッスンを受け始めた。7年もの間、芽が出ずに諦めかけていたが、1961年、レッジョ・エミーリアの声楽コンクールで優勝し、同年レッジョ・エミーリアの市立劇場で『ボエーム』のロドルフォを歌ってデビュー。その輝かしい声は直ちに注目され、パレルモの劇場で『リゴレット』のマントヴァ侯爵役の誘いがかかった。しかし、正式に契約を得るにはマエストロ(トゥリオ・セラフィン)の館でオーディションを受けなければならない。パヴァロッティが緊張しながらマエストロの前で歌うと、なんと『リゴレット』全曲を歌わされてしまったという。こうしてパヴァロッティはセラフィンの指揮で『リゴレット』に出演し、以後、とんとん拍子に出演依頼が飛び込んできた。1963年にはウィーン国立歌劇場とコヴェント・ガーデンで『ボエーム』を歌って評判となり、1965年にはやはり『ボエーム』でスカラ座にデビュー。瞬く間に世界中の歌劇場を制覇することとなった。

おそらく歴代のオペラ歌手の中で最も人気のある人。その人気の原因はサッカーワールドカップで三大テノールコンサートをやったこととか、その輝かしい美声とか、いろいろあるだろうが、それに加えてその人柄によるところが大きいように思う。いかにも善良、陽気、お人好し、熊さんのような体格。しかし、逆に言えば、その持ち前のキャラが災いして、やれる役は極めて限られている。オテロもマントヴァ侯爵もラダメスも合ってない。だいたい、あんなに天真爛漫で恰幅のいいオテロやマントヴァ侯爵がいるだろうか。パヴァロッティ本人も無理に演じたり役をつくったりする気は全然ないようで、いつも地のまんまである。あのカン高い声のせいもあって、何を歌ってもカンツォーネを歌っているようにしかみえない。オペラは音楽であると同時にドラマであるのだが、パヴァロッティにはドラマ性がまったく感じられない。しかし、その独特の声が素晴らしいので、ただそれだけで聴きごたえはする。なお、パヴァロッティ自身は、「僕はレコードでは最低です。僕には聴衆が必要なんです」と述べている。

CDの数はデタラメに多く、イタリアオペラは全て録音している感じ。パヴァロッティが好きという人ならどれを聴いてもいいのではないかと思われる。もちろん、わたしは全部を聴いてるわけではない。


(1)ドニゼッティ『愛の妙薬』 レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場 グラモフォン 1989
パヴァロッティ(ネモリーノ)、キャスリーン・バトル(アディーナ)、エンツィオ・ダーラ(ドゥルカマーラ)
ネモリーノは村の美人のアディーナを想っているが、アディーナはお高くとまっている。そこへいかさま薬売りのドゥルカマーラがやってきて、ただの赤ワインを「愛の妙薬」と称してネモリーノに売りつける。すっかり騙され、その気になったネモリーノは・・・という恋のドタバタ劇だが、このネモリーノはパヴァロッティが地のまんまでいける役である。パヴァロッティは絶好調。バトルの声が美しい。レヴァインの指揮も生き生きとしていていいと思います。

 

(2)ドニゼッティ『連隊の娘』 ボニング指揮 ロイヤルオペラ管弦楽団 デッカ 1968
パヴァロッティ(トニオ)、サザーランド(マリー)
かの有名な「ハイC」の高音が出てくる。パヴァロッティが「ハイCのキング」の異名をとるようになったオペラ。まあ、これは一度は聴いておきたい。これもパヴァロッティが地のまんまでやれる役である。

(3)ポーイト『メフィストーフェレ』 ファブリツィース指揮 ナショナル・フィル デッカ 1983
パヴァロッティ(ファウスト)、ギャウロフ(メフィストーフェレ)、ミレッラ・フレーニ(マルガリータ)
パヴァロッティにファウストというのは似合ってない。しかし、ギャウロフ、パヴァロッティ、フレーニの美声の競演はじつに素晴らしい。これは聴いておきたい。

(4)プッチーニ『ラ・ボエーム』 カラヤン指揮 ベルリンフィル デッカ 1972  
パヴァロッティ(ロドルフォ)、ミレッラ・フレーニ(ミミ)
これはパヴァロッティの十八番である。例によってパヴァロッティの歌唱は素晴らしい。しかし、専ら自分の輝かしい美声と豊かな声量をきかせることに心を砕いているようで、演じている人物の性格描写や心理描写はやはり二の次という感じがする。カラヤンの指揮もいまいち冴えないような気がする。

(5)ヴェルディ『アイーダ』 マゼール指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団 デッカ 1986
パヴァロッティ(ラダメス)、マリア・キアーラ(アイーダ)、ゲーナ・ディミトローヴァ(アムネリス)、レオ・ヌッチ(アモナスロ)
パヴァロッティにラダメスは合ってないと思うが、50歳のときの録音で円熟味が増しており、ただ美声だけで聴かせているというわけでもなさそうだ。他の歌手も指揮も水準にあり、もちろんオケも超一流であり、録音もよく、これは結構オススメである。

(6)プッチーニ『トゥーランドット』 メータ指揮 ロイヤル・フィル デッカ 1972
パヴァロッティ(カラフ)、トゥーランドット(サザーランド)、 モンセラ・カバリエ(リュー)
サザーランドのトゥーランドットが意外によい。カバリエのリューもよい。指揮も録音も水準だし、ニルソン盤の次くらいに推してもいいのではないだろうか。

(7)ヴェルディ『オテロ』 ショルティ指揮 シカゴ交響楽団 デッカ 1991
パヴァロッティ(オテロ)、キリ・テ・カナワ(デズデモナ)、レオ・ヌッチ(ヤーゴ)
パヴァロッティもキリ・テ・カナワもレオ・ヌッチも、この配役は全然ぴったりこない。しかし、この三人が存分に歌っているし、録音もいいし、これを純然たる歌の競演とみれば、結構楽しめる盤である。
 

 

 

パヴァロッティは演技をしないので、『道化師』など、濃厚な演技が必要となる悲劇の役は全然ダメである。しかし、ただ輝かしい美声を聴きたいというだけならどれを聴いてもよいということになる。

 

 

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