ビルギット・ニルソン 
Birgit Nilsson

1918~2005。スウェーデンに生まれる。1941年から1946年までストックホルム王立音楽院で声楽を学ぶ。1944年ストックホルム歌劇場で初めて舞台に立ち、ここでキャリアを積んだ。1951年、バイロイト音楽祭の再開へ向けて、ヴィーラント・ワーグナーとともに有望な新人歌手を物色していたクナッパーツブッシュは、ストックホルム歌劇場でブリュンヒルデを歌っていたニルソンをみて驚嘆し、バイロイトにスカウトしようとした。しかし、このときすでにフリッツ・ブッシュによってグラインドボーン音楽祭に招かれていたニルソンはこのチャンスを逸してしまう。しかし1954年にヨッフム指揮の『ローエングリン』のエルザ役でバイロイトにデビュー、翌年にはクナッパーツブッシュからミュンヘンのオペラ祭に招かれ、ここでブリュンヒルデを歌って評判をとった。1957年にはバイロイトでようやくクナッパーツブッシュ指揮のもと『リング』のジークリンデを歌い、ワグネリアン・ソプラノとしての地位を不動のものにした。以後、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場と次々に制覇、最強のドラマチック・ソプラノとしての名声を欲しいままにした。

フラグスタート、ヴァルナイ、メードルといった歴代ワグネリアン・ソプラノの最大の弱点は高音域にあった。彼女らはいずれもメゾ・ソプラノの太い声がベースにあり、そこから訓練して高音域を無理に伸ばしたのである。したがって、全盛期を過ぎると高音域が苦しくなり、ヴァルナイやメードルは本来のメゾ・ソプラノに戻っている。フラグスタートはもともと高音域が苦手だったと言われている。しかし、ニルソンは最初から超高音域を何の苦もなく出せた。その気になれば『夜の女王』のアリアを楽々と歌えたというから、なんとも凄い。その声は太く強靭でしかもなんのストレスもなく高音域まで一直線にぐんぐん伸びる。パワーと高音域を両立させ、しかも決して崩れない鋼鉄のタフさを備えた極めて稀な存在である。声の質は無色透明、無機的であり、どうかすると生身の人間が歌っているとは思えないこともある。


(1)『トゥーランドット』 モリナーリ=ブラデッリ指揮 ローマ歌劇場 ワーナー 1966
ビルギット・ニルソン(トゥーランドット)、フランコ・コレッリ(カラフ)、レナータ・スコット(リュウ)
ニルソンのパワーを知りたいならトゥーランドットにまさるものはない。『この宮殿の中で』は絶品中の絶品で、これを聴かずには死ねない感じ。なお、ニルソンのトゥーランドットは他にラインスドルフ盤やストコフスキー盤など、複数あるようだが、録音の音質の点でこのブラデッリ盤を選ぶのが無難なように思われる。

(2)『エレクトラ』 ショルティ指揮 ウィーンフィル デッカ 1967
ニルソン(エレクトラ)、レジーナ・レズニック(クリテムネストラ)、トム・クラウゼ(オレスト)
これはショルティの暴力的ともいえる指揮がニルソンにぴったり合っている。双方とも大味だが、そのパワー感にはただただ圧倒されるしかない。とにかくこれほどひたすら力で押しまくる演奏というのは他にまったく例がない。とにかく一聴の価値はある。

(3)『トリスタンとイゾルデ』 ショルティ指揮 ウィーンフィル デッカ 1961
ニルソン(イゾルデ)、フリッツ・ウール(トリスタン)
ニルソン主演の『トリスタンとイゾルデ』はベームによるバイロイト盤もある。どっちか悩むところだが、一般に薦めるならやはりショルティ盤だろうか。ショルティの指揮は、例によってザックリと大味だが、ツボはおさえていて、聴かせどころはちゃんと聴かせる感じ。ニルソンとの相性もいいのではないだろうか。

(4)『ワルキューレ』 ショルティ指揮 ウィーンフィル デッカ 1965
ニルソン(ブリュンヒルデ)、ホッター(ヴォータン)、ジェームズ・キング(ジークムント)、クレスパン(ジークリンデ)、ルートヴィヒ(フリッカ)
これもベームによるバイロイト盤があって、これまたどっちか悩むところである。ニルソン以外の配役ではこのショルティ盤が豪華、演奏も派手だが、個人にはヴォータンを歌っているホッターが気に入らない。しかしニルソンはショルティと相性がよさそうなので、総合的にはこのショルティ盤でしょうか。

(5)『ドン・ジョバンニ』 ラインスドルフ指揮 ウィーンフィル URANIA 1960
ニルソン(ドンナ・アンナ)、チェザーレ・シエピ(ドン・ジョバンニ)、レオンタイン・プライス(エルヴィーラ)、フェルナンド・コレナ(レポレロ)
ニルソンがシエピと組んだ『ドン・ジョヴァンニ』である。他の配役も申し分ないとくれば期待してしまうが、ニルソンはあくまでワグネリアン・ソプラノであり、モーツァルトには合わないことがわかる。ニルソン以外はぴったりはまっているのだが。

(6)『マクベス』 シッパース指揮 聖チュチーリア音楽院 デッカ 1964 
ニルソン(マクベス夫人)、マクベス(タッディ)
ニルソンとタッディのコンビとなればこれまた期待してしまうが、これまた期待外れである。タッディのマクベスはともかく、ニルソンはマクベス夫人の複雑なキャラまで完璧に表現しているとは言い難い。まるでセリフの棒読みである。

 

(7)『サロメ』 ショルティ指揮 ウィーンフィル デッカ1962
ニルソン(サロメ)
サロメはニルソンに適さない。とくにベーレンスのサロメを聴いた後ではそう思う。どうやっても声の質が十代の少女ではないのである。



ニルソンは、ここに挙げた以外にも、アイーダやトスカを歌っているが、合わない感じである。スターだから何でも歌わせればいいというものではないだろう。商業上の理由で制作したとしか思えない。
 

 

 

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