ウラディミール・ホロヴィッツ

Vladimir Horowitz

1904~1989。ロシアのキエフに生まれる。6歳の時にピアニストである母からピアノを習う。12歳でキエフ音楽院に入学。17歳で卒業すると早速ピアニストとしてデビュー、センセーションを巻き起こした。22歳のときドイツ・ハンブルクでデビュー、一夜で名声をものにし、以後ヨーロッパ各国を演奏してまわった。24歳のときチャイコフスキーのピアノ協奏曲でアメリカデビュー、聴衆を熱狂させた。

 

ところで、音楽評論家の吉田秀和は次のような話をしている。

 

「日本のあるピアノ調律師が、いつか、話してくれた。彼が先年アメリカに行って、いろいろなピアノの研究をしていたところ、ある日ニューヨークのシュタインウェイの店に、ホロヴィッツがやって来て、いくつかのピアノの試し弾きをするのを聴いたが、その音の惚れ惚れする美しさ!それはもう何とも言えない音だったそうである。ちょっと音階を弾いても、音が一つ一つ揃っているうえに艶光りするまでに磨きのかかった美しさがあるのだそうである。
それに、トリラーなどやると、指がまるで、鍵盤に吸いついたみたいになっていて、ちょっとみると、動いているとは思えないほど、なだらかな動きなのだそうである。」

 

まあ、こういったホロヴィッツの音の美しさがCDでどれだけ再現できているのかわからないが、少なくとも、あたくしがCDで聴く限りでは、かみそりのように切れ味鋭いタッチをもち、硬くて芯のある音である。それでいて全体の指の運びは極めてエレガントという比類のないものである。メロディーではなく、音質だけを聴いて誰だかわかるピアニストは数が限られている。

 

また、ホロヴィッツは現代のピアニストにはない19世紀の貴族サロンで演奏する芸術家的な雰囲気がある。ようするに、誰かに師事して練習してテクニックを磨いた音大出身のピアニストという感じがしない。生まれながらにして天才ピアニストだったような感じがする。おそらく母親に教わった時点でほとんど完成されてたんじゃないかとすら思う。

 

ホロヴィッツのアルバムは、ショパンとかバッハとかモーツァルトとか、作曲家ごとにまとめられたものは少なく、たいていリサイタル形式である。ようするに、ホロヴィッツの音そのものを聴くのだから、曲はなんでもいいという感じだが、あえて言えば、個人的には、ショパン、スカルラッティがよい。モーツァルトとリストはあまり合わないような気がする。

 

ホロヴィッツのCDは非常に多いが、やはり音質のよいものがいい。音質優先。

 

 

(1)HOROWITZ PLAYS CHOPIN ソニー 1971
ショパン『幻想ポロネーズ』、『マズルカ第4番』、『エチュード黒鍵』、『英雄ポロネーズ』など。

 

(2)VLADIMIR HOLOWITZ ソニー 
ショパン『ピアノソナタ第2番』、ラフマニノフ『エチュード第2番』、リスト『ハンガリア狂詩曲』など。

 

(3)HOROWITZ PLAYS SCARLATTI ソニー 1962~1968
スカルラッティ『ソナタ集』

 

(4)VLADIMIR HOROWITZ SCHUMANN ソニー 1962~1969
シューマン『子供の情景』、『クライスレリアーナ』など。

 

(5)HOROWITZ IN MOSCOW グラモフォン 1986

スカルラッティ『ピアノソナタホ長調』、モーツァルト『ピアノソナタハ長調』 、ラフマニノフ『プレリュードト長調』など。

 

(6)HOROWITZ グラモフォン 1985

モーツァルト『ピアノソナタハ長調』、ショパン『マズルカイ短調』、『スケルツォロ短調』、シューベルト『即興曲変イ長調』など。

 

 

録音は新旧にかかわらず、ソニーのものがホロヴィッツの音の特徴をよくとらえているような気がする。とくに(2)がよい。

(6)は晩年(81歳)の録音なのでかなり指の運びがヨレているようなところもあるが、タッチの切れ味が失われていないのはさすが。

 

ホロヴィッツは、そのピアノの音そのものを楽しむという、他に例のないピアニストである。したがって、オーディオ装置とそのセッティングには神経を使う。少しでも音が滲むような再生装置では不可。
 

 

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