卒計中間発表、お疲れ様でした。今回の発表、すごくよかったと思っています。結果がどうというよりも、3人で一緒に作業したこと、一度しっかりとつくりあげたこと、批判されたことも含めていろいろな反応があったこと。卒業計画第一段階として、いい中間発表でした。
あと今回いろいろな人たちに見てもらいましたが、特に気になった意見―有賀先生とひろすけさんの話を書きます。
有賀先生(会話形式で)
―この計画で、何がしたいのか?
「現在の日比谷公園だけでなく、周辺にも緑をちりばめて、地域全体の公園をつくりあげたいです。」
―緑をつくっていく計画をやっていくのは難しい。まず、日比谷公園という敷地が間違っている。このままでは続かないだろう。やりたいことと敷地があっていない。
「建築計画は行います。周辺ビルの共通機能を集めます。」
―そんなのは再開発の地下にでもつくればいい。霞が関では再開発がおこなわれている。日比谷公園に何かをつくるというのが間違い。日比谷公園は思想をもってつくられ、周辺の近代化とともに存在してきた。劇場、ホテルなどをみればわかるだろう。現在でも、さまざまな人々が利用し、大切な場所である。まずそれを理解しなければならない。そうした公園に、君達がだっさいデザインをつくれば、それは破壊でしかない。意味がない。
「周辺に温熱環境を送ります。」
―エンジニアリングをテーマとした卒業計画は弱くなってしまう。日比谷公園の思想を将来にも残すための計画、ならまだわかる、まだ。しかし、日比谷公園をやるなら、もっと君たちのレベルを上げなければならない。それができるのか。
ひろすけさん
この計画は一番いいと思った。意匠、都市計画、環境、それぞれがいなければ出来ない計画である。
現代の公園のあり方がおかしい。フェンスで囲われ、「公園」という認識がある場所が公園である。自然とは、そういうものではないのではないか。日比谷公園の中にも建築が連続し、人が流れる。周囲の建築がある場所にも自然が入り込んでいる。オープンスペースというものは本来連続しているもの。
そういうふうに、現代は今の公園のあり方を変えなければならない時だと思う。いまは「公園」という言葉だが、周辺にも緑が存在し、地域一体となったとき、それはもう公園とはいえない新しい言葉がある。
敷地については、ここがいいかは分からない。けれども、ここでやるからこそ意味があると思う。
記憶を頼りにしているので、あやふやなところ足りないところもありますが、こんなところです。
有賀先生の話、やっぱり落ち込みました。けれども一番いい意見をくれたのだと思っています。でもだからといって簡単に敷地を変えるのではなく、ここでがんばることにも可能性はあるのかとも思います。
公園に建築を建てるのは、都市計画的に絶対間違いです。でも、卒業計画だからこそ間違った都市計画をやる意味があって、そのためにも有賀先生の意見を乗り越えることができれば、と感じています。例えば、現在の日比谷公園の意味を全く変えずに、計画を行うとか。そういった意味で、ひろすけさんの話はすごく勇気が持てました。聞いていて面白くて、夢があって、共感できて。
あと、石山先生が昔言った言葉「おまえたちは褒めてもらうためにクリティークを受けているだけ」を思い出しました。どちらの意見も必要以上に左右されずに、正確にとらえて次に進まなければならない、と思います。
ついでに、個人的に興味があるグループは島の限界集落の消滅を演出するってチームです。こういう話したな、と。こういうことしていたのかも、とね。
ということで、ながながと失礼しました。これから卒論がんばっていきましょう。本当にやばいんで…